158 恋
愚にもつかないわがままの自覚はある。
でも、いい子ちゃんを演じて、言われたことを言われたように頑張るだけじゃあ自分の人生にならないこともわかってきた。
なのに、馴れないことばかりなので何事もぜんぜん思うようにいかない。けれども、曖昧に生きてどんぐり拾い一筋で暮らしていくつもりには、まだなれない。
できることで、やりたいこと。今できることは、大人しいお嫁さんか、剣豪や戦争屋さん。でもそれじゃない、何か。
奇跡のお医者さん!なんかはすごくいいなと思った矢先、これはすごく大変なこともわかった。自分の幸せが他人を癒せることだって人しかやっちゃいけないやつだ。
行き詰まりを打破すべく、無理めにはしゃいでテンションを上げていたけれど、そんなときにサッちゃん登場。
「無理をすることはないぞ。こちらでどうとでもするから。」
親切なのはわかる。優しくしてくれるのは嬉しい。
でも、それはちょっと違う。前にも言ってるけれど、無責任でいたいわけじゃないんだ。でも、心が悲鳴を上げている。もう何もわからないので、病人用のベッドに潜り込んでやり過ごそう。
入院ベッドの掛けシーツは薄いので、くるまっていても外の会話がよく聞こえる。
「聖女パワーで病人が治った? そんな、聞いたこともないぞ。どうして普通のことみたいな顔をしているんだ、まさに奇跡じゃないか、医者殿。褒めてあげないと。」
気まずい沈黙が訪れている。小生先生が怒られてるみたいだ。言ってやれサッちゃん!いいぞ、いいぞ。
「押忍、お言葉ですが殿下、アイシャちゃん…様は世の中を舐めすぎッス。誰かが厳しく言ってやらないと!」
「そう言ってやるな。彼女のは運命が濃すぎるんだ、全部受け止めていたら潰れるぞ。
カーレン嬢が言っていたが、あの娘には守るものが必要だ、と。いま、天涯孤独で無職、いわゆる無敵らしいからな。」
なんだか話の雲行きが怪しい。それ以上に、失礼だ。
こちらも聞き耳を立てているけれど、だんだんヒソヒソ、ごにょごにょ話になっていって、よく聞こえない。
恥を忍んで、わたしもベッドから出て話に参加するべきか? 迷っている間に、
「了解ッス!」「ご武運を!」
ニヤニヤ笑いを湛えた声とともに二人の気配が病室から去っていく。
*
部屋が、急に静かになった。
わたしは、ベッドの上でシーツをひっかぶって丸くなっている。部屋の中にはもうひとり、おそらくサッちゃん。が、何か言いたそうに気まずいムードをつくっている。
わたしも、出るに出られない雰囲気。困る。
黙って凝っとしていると、お湯が沸く音、何かの作業音、お茶の香りがしてきた。
やがて、ひとつ優しくポン、と叩かれる。
「そっちはお尻です。」
「わ、わるい。肩はこっちか。」
「頭でもいいですよ。」
「あぁ、…茶を、淹れたんだが、出てきて飲まないか。」
シーツの上から頭をナデナデされて、胸がほわほわキュンキュンしたので、でもなんだか顔を見せたくない気がしたので髪の毛で隠しながら、のそのそと這い出る。
「さっきも言ったが、戦争は貴族と戦士の仕事だ。本来、アイシャに無理してもらうことはないんだ。
その……グリゴリィきゅん氏?だったか?を連れてどこか遠くに行ってくれたとしても、我々はいままでの巨大な働きに感謝こそすれ、誰も怒りなどするはずがない。…まぁ~、力を貸してくれるなら、ノドからなにから手が出てくるほどに望ましいことではあるんだが。」
「力、を貸すっ、ていうのは、決闘の……」
「いや、それでなくとも。例えば、来たる決戦で我々は勝利するが、もし、万が一、負けてしまったときにはアイシャが十字軍と残存戦力をまとめて抵抗勢力になってくれると言ってくれれば、余は後顧の憂いなく戦えるな。」
「わかんにゃい。でも、悲観的なことを言ってるらしいことだけはわかるよ。その場合、サッちゃんはどうなってるの?」
「もちろん、戦死している。捕虜のマリアム嬢は、アイシャが捕まってしまったときの捕虜交換用に残しておくさ。」
うぅん、相変わらず良い人だ。でも、煮えきらないなぁ。お兄さんのアッちゃんに似てるのかな。まだ何のつもりもなかったけれど、問い詰めようか。そうしよう。いい機会だ。
王都でのゴタゴタから、周りの人々から、わたしはサっちゃんの恋人みたいに思われてる。でもあれが、猟犬のスカウトなのか、ロマンチックな恋なのか、どちらでもない、わたしの想像もつかない何かなのか、はっきり聞きたい。
ぐちゃぐちゃにしていた髪を手でペタペタと直して、お茶を頂いて、ひと呼吸。
また、すごく汗をかいてる。足元がソワソワする。ゴクリと喉を鳴らして、しっかり向き合う。
「まだ、そこまで言ってもらえる理由がないよ。…なんかグリゴリィさんのことも言ってたけれども、あなたはわたしのことをどう思ってるのか、直接わたしに言ってよ! わたし、わかってないよ?」
「好きだよ! 惚れてる。…そうだな、ゆっくり話す機会があまりなかったから伝わっていなかったのだろうが、確かに余、サディク…俺は、アイシャに恋情を抱いて…恋している。
言ったぞ、わかってくれるか。」
噛みつくように、答えを返してくれた。
でも、耳が聞いても、頭がスパークして心に届いてない。人生、初告られだ。それも、王子様に。ホントに?信じていいの?「わたし、庶民ですよ?」
「アイシャ、まだ自分が庶民のつもりなのか? 」
違うの? あ、聖女だから?
「それもある。身分というのは貴族の都合上のものだから、抜け道はいくらでもあるものだ。まして、聖女の身分には役職上の制限が付くが、元大聖女ともなれば権威は王族に準じ、しかも自由だ。」
なるほど? そうか、速やかに“元”になってしまえばよかったんだ。どうして、誰もこんな単純なことを言ってくれなかったんだろう。
「そういうことだ。だから、アイシャがどう思っているのかも、いま聞かせて欲しい。」
◇ キャー。