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迷子の無双ちゃん ふわふわ紀行 ~予言と恋とバトルの100日聖女は田舎の町娘の就職先~  作者: 相川原 洵
第十一話 決戦前夜

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156 ちゅー


「ちゅう?」 「ちゅー。」


 ゲンコツちゃんが真っ赤な顔で「キタッ」と短く叫んで身を乗り出し、咳払いをしてから静々ともとに戻る。

 “雷獣”が眉間に深いしわを刻んで、カチャリと音高く剣の鯉口を切る。


「おい、きゅんとやら、アイシャを傷物にしたらオマエ、わかってんだろうなァ、おい。」

 とは、事前にこの大女がグリゴリィに与えた注意であった。どれくらいからを“傷”と捉えるかは人次第の部分もあるが、ちゅーは、多くの人が傷と見るだろうことは確かだ。


 人を無理やり駆り出してきて勝手なものだ、そんな義理はそもそもない。しかしグリゴリィくんも男の子。脅されて「はわわ」と引き下がっていては男として、人としての尊厳に関わる。



 そんな彼らの妥協点。手の甲にチュッ。


 ゲンコツちゃんからわざとらしいため息が流れる。

 ヤクタが音高く舌打ちを鳴らす。お前はどの立場で何を期待しているんだ、と周囲の人間は不思議がるも、なんとなく気圧されて問い(ただ)すに至らない。


 だが、一拍遅れて「うきゃん!」とベッドの上の物体が跳ね上がり、布団がふわっと舞い飛んだ。

 1日半ぶりに露わになった聖女は、真っ赤な顔はともかく、髪はボサボサで蒸れて顔に貼りつき、目は泣き腫らして、目の下もただれて(くま)ができている。体の下にはいつの間にかどこからかくすねてきた食べ物が隠されていて食べかすが散らばり、よく見れば口元も汚れている。頬にはひとつニキビが赤くぽつんと浮かんでいる。全体的にきちゃない。



「あぁー!」と泣きながらベッドに顔をうずめるが、もう遅い。


「(よくそのザマでチューしようなんて言えたな)気が済んだだろう、フロ。入ろうぜ。」

 ヤクタが微妙な含みをもたせつつも優しく話しかけると、ダメ聖女はうずくまりながら精いっぱいの反撃を返してきた。


「(急に来られたんだからしょうがないでしょ)さっきから、ヤクタもなんか臭い。」


「あァ、悪いな。肩の傷が膿んできたんだよ。薬を塗られてるんだが、こいつがまた臭くてな。

 しかしどうだろう。もっと下の方の傷なら腕を切り落とせば助かるところだが、この位置じゃ、難儀だ。経験的には、割とコロリと逝くヤツだぜ。」


「えっ、ダメ、そんなの、死んじゃヤダ!」


 か細い抗戦の意志はどこへやら、ガバッと起き上がって大女にしがみつく少女。

 俺じゃなくても、彼女だけでよかったみたいだが。などと少年はやりきれない思いも抱えつつ、2人を見守る。


――――――――――――――――――――――


 たいへんだ、たいへんだ。

 ピンピンしてバタバタしていたヤクタが、死ぬかも知れないって言ってる。なんでそんなに他人事みたいな顔をしているのか、全然わからない。

 何か、生き死にを達観することでもあったのだろうか。それともあれは冗談で、本当は死なないんだろうか。


 “気”を探れば、わかるかもしれない。手を握るだけでは不安だから、体全体で抱きついちゃう。セミのように。


「おいおい、そんなすぐには死なねェよ。まぁ、決闘の時には寝込んでるかもしれんが……」


 何か言ってるけれど、そんなことよりわかってきたことがある。確かに、気が漏れている。流れを阻害しているところを癒やして、切れた流れを繋げれば大丈夫なはず。勝手にやっちゃうよ。

 わたしの“気”を吹き込んで回復を祈る。絶対に失敗できないので、前回の成功例に習って、口からムチューっと。むちゅ~、っと。


 なんだか通りにくいなぁ、と思いながら、探り探りに続ける。グリゴリィさんのときは気の脈をつなげる、って、わかるようなわからないような難しいことだったから雰囲気でやり抜いたけれど、今回はわかりやすい身体のケガだ。

 体のケガを息や気でくっつけるなんて、できたらカッコイイけれど、いきなりやってのける自信はない。ケガのせいで、健康なときに比べてイヤな感じになっている気の流れをいい感じに変えてもらおうというのだ。

 ヤクタが最初ビックリしていたのが、だんだん嫌がってわたしを振りほどこうとしてくる。待って、もうちょっと我慢して。

 …大人しくなってくれた。そう、嫌がられると通じないみたいだね、これなら効きそう。あっ、舌を入れてきた!なにこれ、それはだめ、や、でもこれならガッといけそう、うりゃ!



 グッ、と気を込めると、ヤクタの傷口と目と鼻と耳から黒い血が吹き出した。

 悪い血とかが出て、体の気のめぐりが普通になった、と思う。これで大丈夫、なはず。身を離すと、安心して腰が抜けちゃった。ふらふらと座り込む。


 ヤクタは血を吹きながら「あばばば……」みたいに何かつぶやきながら倒れ込むので、ベッドに寝かせてあげる。目を丸くして凝視していたゲンコツちゃんとグリゴリィさんにも手伝ってもらう。っていうか、主にやってもらう。


「あれは、伝説の、回復魔法…ですか?」

「魔法かどうかはわからないよ。回復、してればいいな…。」


 グリゴリィさんが声をひそめて聞いてくるので、つられてわたしもコソコソと答える。

 ヤクタの傷の包帯を外すと、傷口が開いて血と膿が吹き出していたみたいだけれども、キレイに拭き取ると「これは、すごくよくなってます! 大丈夫な感じのケガです!」とゲンコツちゃんも太鼓判の状態。


 ふぅ。と、一息ついたら、ベッドは取られちゃったし、あらためて引きこもり直す気分でもなくなっちゃった。

 ゲンコツちゃん、いま、お風呂入れるかな。水浴びなら?もうそれでいいや。場所わからないから、案内お願いします。

 グリゴリィさん、励ましてくれてありがとう。嬉しかったです。弱音を吐き出したら、ちょっと楽になれたよ。ご覧のとおり、近くの人には話しにくいことだったから。



 それにしても、意外なタイミングで思いもよらず、役に立つ特技ができたかもしれない。

 怪我人や病人なら軍隊の中に何人かいるだろうから、いちいちチューはできないけれど、実験、もとい、練習させてもらおう。


 魔法のお医者さんという将来像も、あるのかな。


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