表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/251

153 武神降臨


「聖女様はサッちゃん王子殿下と一晩過ごしてきたんだ、季節外れのコートの下は、まだ勝負夜着のままだ、見たいか! 見せてやらねぇヨ、失せな!」


 馬上のヤクタが声を張り上げると、一瞬、世界を静寂が支配した。

 が、すぐにどよめきがさざなみのように広がり、兵士たちは叫び、あるいは笑い、または泣きして、寸前までの悲壮感漂う終末的な空気は払拭されてしまった。


 明日をも知れぬ戦いに長期間さらされてきた兵士にとって最高の娯楽であったゴシップネタ。その謎だった主要人物がドラマチックに登場して、まさにその話を広げているのだ。

 倒れ伏して苦悶の声を上げていた怪我人さえ、転がったまま声の方向に熱い視線を向ける。



「師よ…慎みのない……」

「違うし! それに、ハーさんは関係ないし!」


 肩の力が抜けて茫然としているハーフェイズと、もう誰にどう抗議したらいいのかわからなくなって赤面しながら硬直しているアイシャ。

 ギリギリ嘘ではないが誤解しか生まないヤクタの発言に、美少年狂戦士マフディは眉をしかめている。


「あと、ヤクタ、彼にオークって言ったら怒るんだよ?」

「これから殺す相手が怒ったら何だってんだよ。さ、ヤッちまおうぜ。剣は、忘れずに持ってきてるだろうな!」

「忘れるわけないじゃない、今日はあるよ。…誰から聞いたの?」



 ちょっとした2人の会話が聞こえていたのか、ニヤリと笑ったマフディが一歩進んで剣を掲げ、宣言する。


「むしろ熱くなってきた! 神に誓って、アイシャ、お前を奪う!」


[素敵よ!]



 少年がビシッ!と決めた瞬間、天から声が響いた。色っぽい、大人の女性の声だ。

 同時に、青空がピンク色に染まる。雲が形を変え、マフディを中心にしたその上に、白く巨大なハート型を描く。


(わらわ)、恋の守護武神サウレが、これなるマフディを我が使徒と認めます。その恋、神力をもって叶えましょう♡]



 ざわざわと、好奇と祝福だったざわめきが、当惑と怒りを込めたものに変わっていく。

「神よ!」とマフディは感激するが、たまったものではない。アイシャが天に向かって不満をぶつける。


「お呼びでないんですけど。 彼はエルヤさん関係なので口出しご無用です。」


[見たらわかるわよ♡ モルちゃんからも聞いてるわ。貴女のこととかも。

 エルヤちゃんったら盛り上げ下手なんだから。あんなの放っておいて、お姉さんに任せなさいな。]


 謎の声が調子の良いことをいうが、もちろん、そんなわけにはいかない。この甘ったるいピンク色の空に賭けられる命運などあるものか。

 とはいえ、ひとつ同意できる箇所がある。武神様が言った、盛り上げ要素としてのマフディくんであるなら、この場での対決はやはりまだ(ハナ)に欠ける。どうしたものだろうか、とは迷っていたのだ。



「……どうしようと、いうのですか。」


[この勝負は、ひとまず(わらわ)、恋の守護武神サウレが預かります。

 5日後、モンホルースとファールサ全軍の大決戦の嚆矢(こうし)として、この一騎打ちを行いましょう。ハンデが欲しければ、カムランの使徒も一緒に2対1で向かってきても構いませんよ。こちらも、マフディ…マーちん…いや、まだマフディ…に、サウレ恋闘術を授けておきます。

 提案の形をとってはいますが、これは決定です。拒否するなら、蹂躙(じゅうりん)するまで。何か言いたいことは?]


――――――――――――――――――――――


 身勝手極まりない言い分だが、敵は神。それも、モルモルの言によれば、神の出涸(でが)らしではない、強い力を保った神。強大な敵だ。いまここに他の武神連中が出てこないことでもわかる。困ったものだ。

 しかし、黙ってホイホイいうことを聞くのも芸が無い。聞けることは聞いておこう。


「マフディくんはそれでいいの?」

「じれったいが、神命であれば否も応もない。」


「サウレさん、その子、きちゃないからよく洗っておいてくださいね。」

[もちろん♡ 当日には“恋サウレ愛神”の真髄を見せてあげましょう。

 貴女こそ、そんな寝起きのまま出てきちゃあダメよ。衣装が足りなかったら、こちらから贈らせるわ。3日前からしっかり肌ケアを欠かさないようにね。]


「あと、えぇっと、マフディくんって下っ端だったと思うんですけれど、サウレさんはオー…モン、軍にツテでも?」

[無いわ♡ 今から蹂躙して、言うことを聞かせます。あなたが心配することじゃないわよ。]


 嘘ぉ…。



 周囲を見回すと、みんながわたしの方を見て膝をついている。立ってると疲れるから、座ったんだろうね。

 いや、そんなワケないことはわかってますよ。神様、厄介だよね。人まかせにしたいよね。


 後ろの方遠くに、サッちゃんや両シーリンちゃんも見に来てる。また、説明報告会を要求されるんだろうか。嫌だなぁ。今度は、朝帰りにならないよう気をつけよう。


 正面に向き直ると、こちらを睨んでいるマフディくんと、その隣にものすごい美女が浮かんでいる。あれが、サウレ女神? ヤクタをつついて確認してみる。見えているらしい。姿が見えると、ご利益がありそうな気もしてきて、美人になれますように、とお願いごとをひとつ。



[喜劇の王子様と、悲劇の魔法使いと、活劇の狂戦士。そして前衛劇の聖女。こんなに楽しい戦って、初めて♡ エルヤちゃんには全部が終わった後でサービスしてあげないとね。


 では、5日後。あなた達の世界を賭けた決戦をしましょう。…美しく、華やかに!]


――――――――――――――――――――――


 好き放題に勝手なことばかり言い残し、サウレ女神とその使徒となった美少年狂戦士マフディはフッと姿を消した。


 空が、青空に戻り、雲は散っていく。

 残ったものは、沈黙と、道に迷った子供のような何かにすがろうとする視線。

 アイシャも、同じ目をして周りを見るが、その視線を受け止める者はいない。


「…帰ろうか?」


 盗賊の精いっぱいの優しい声に力なくうなずく聖女。馬首を返し、途方に暮れて来た道を戻るのだった。




【第十話 武神混戦】でした。いろいろ置いてけぼりにしつつ、ボス敵登場。

ラヴ展開は、覚悟していましたが己のキモ味のエグさに打ちひしがれます。


今日から翌6日まで、ゴールデンウィーク中は毎日更新します。

次回から【第十一話 決戦前夜】。王子の挿話などは折を見て。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ