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152 修羅道


 今日も青空、ごきげんなお天気。日差しは強烈だけれど、川辺の木陰で昼寝でもしていたら気持ちいいに違いない、爽やかな風が吹いている。


「こんないい日に人殺しがしたいだなんて、迷惑な人がいるものだよね。どういうアレなのかしら、ねぇ、爺や。」

「雨の日よりは、向いているんではないですか。」



 真昼の朝食を中断して、もう最低限、顔を洗って髪を梳かすなどの身だしなみだけ整え、服も昨夜のままで外に出ると、ロスタム爺やが草ちゃんを用意して準備万端で控えていた。さすがのスゴ腕爺やだ。

 ひとこと、我ながらつまらないやり取りを交わしておいて、急ぎ、バトルの(ちまた)に向かおうとした瞬間。


 ドォーン。

 体が浮くほどの衝撃と、叩きつけてくるような爆音が襲ってきて「ひゃうッ」、反射的に身をすくめてしまう。雷!?


「おぉ!? 始めてやがんな、あのオヤジ。急いでよかったな、アイシャ。早く行こうぜ。」

「ヤクタ! …2人乗りでお願い!」



 呆れた目を向けられようが、できないものはできない。無理をして頑張るにもほかに頑張るべきことが多すぎて、乗馬の練習はずっと後回しだ。

 こうしている間にも地響きは収まらないし、地面から空に向かって雷が昇っている。なんでそんなことになってるのかわからない。


 もしハーさんが負けてしまったら、ここまでやってきたのに計画は失敗だ。

 さあ、ヤクタ! わたしをお馬さん(アシュブちゃん)の上に引っ張り上げてください。



 目指すべき目的地は、これほどわかりやすいものはない。その一点から最初の雷に加えて、よくわからない火花、岩塊、炎が混じった煙などが吹き上がっていて、この世のものとも思えず、ハーさんはどうやって戦えているのか、生きているのか、不思議だし心配だ。

 それほど遠くはない。武神流ダッシュならすぐに行けるけれど、演出は大事だ、とヤクタが言い張るので馬に揺られている。

 あ、(アシュブ)ちゃんが遅いとかだめとか、そんなことはないからね、怒ったらダメよ。


 たくさんの兵隊さんが空を見上げながら、いったいどうしたものか、指示待ちで途方に暮れている。彼らの隊長さんもまた、その上からの指示を待って腕組み、足踏みして何やら怒鳴っているみたいだ。

 そのなかを「聖女様の道を開けろ!」と叫ぶヤクタが馬を疾走させる。(アシュブ)ちゃんも人が変わったように乱暴な走りかただ。乗る人次第で馬の性格は変わるんだろうか。



 周囲は次第に、昨日の襲撃の被害で荒れているらしい風景に変わる。焼け焦げた何かが転がってたり、何かの汚れがテントや地面にこびりついていたりして、目に映るだけで心の平穏値が削がれていく。


 日常で戦う人の心に映る風景はこんな感じなのだろうか。武神流バトルには慣れても、その結果として苦しむ人がいることには慣れたくない。わがまま放題に暴れて、世界をこうしてしまうことは“自分のやりたいこと”じゃぁない。

 今まで引き起こした、やるべきだとは思っていて後悔しているわけではないけれども、とにかくエグい光景に触れるにつれ、こればかりは間違えないようにしようと心に決めているアイシャだった。



 熱風が吹き付けて、(アシュブ)ちゃんが足を止めた。

 平らだっただろう地面が、割れて砕けて、不思議な模様みたいにデコボコしている。

 土が溶けて火のような水のような、ドロドロしたものが流れている。それが固まったのか、ガラスのようになっている部分もある。

 地面の割れ目から煙が吹き出している。砕けて舞い散った岩が、砂になって落ちてきてパラパラと肩を打つ。


 地面にはたくさんの兵士さんが転がって、苦しんでいる。何人かは死んでいるかもしれない。心臓がギュッと掴まれたように痛んで、体が冷える感覚がある。

 ハーさんは、少年と向かい合って、剣を構えて立っている。大ケガの様子はない。よかった、間に合った! ため息が全身の毛穴から漏れるほどの安堵を感じる。


 美少年狂戦士。マフディくんと目が合う。煙に包まれていて、その煙のなかで時折、稲妻がピカッと光る。

 その強い光に照らされて、イヤな感じの笑顔がすさまじい形相に見える。


 彼は、武神様の腕力だけを受け継がされたはずだ。それで、なんでこうなるの?

 いろいろ不思議だけれど、許せない。

 私が、なんとかしなきゃ。


 こればかりは、流されてでも、仕方なくでもなくて、わたしが。やりたくて、やりたいことをやるんだ。


 

「ハーさん、お疲れ様です、すごいです! 彼は、神秘方面の、わたしの客です。わたしがやっつけますから、下がって見ていてください!」


 言うだけ言ってケホリと咳き込んで、すぐ後ろのヤクタに耳打ち。

「大声出したから、頭がクラクラしちゃった。もうちょっとお馬さんで近寄ってくれないかな。」

「アホか。いや、アホだったな、スマン。大声はアタシが出してやるから、悪人退治の方は頼むぜ。」


 どうして、この女はサッちゃんみたく優しく褒めてくれないんだろう。素直じゃないなぁ。正直なホンネがそれだったら怖いから追求はしないけれども。優しくしてほしい。

 目の前の問題と別のことで悩みは絶えないが、草ちゃんはもう一度ずつ歩き出す。



 すこし進んだところで、そのマフディくんが剣をブンと振るった。それも、普通の勢いじゃなく、ひと振りされたところの空気が裂けて闇が口を開き、そこから火花が吹き出すほどの神がかった馬鹿力。たしかに、小手先の技は何も使ってない。


 脅かそうとしているのかしら。実際、わたしは小手先の技しか使えないけれども、肝心、大元の武神様が、わたしが勝てるって言ってるし。

 第一、昨日蹴っ飛ばしてやったんだから。怖くないよ。

 そういう表情が見えたのか、彼の方もすこし顔を引き締めて、叫んだ。


「アイシャ、勝負しろ! 俺が勝ったら、お前は俺の女にしてやる!」


 えぇ、なに言ってんの、このひと。

 わたしが面食らっているうちに、ヤクタが勝手に叫ぶ。


「残念だったな、聖女様は今日、王子様の寝室から朝帰りで今さっきまで寝てたんだ。まァだおねむだから、お前の相手なんかしてやれねぇよ、帰れ!」


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