150 朝帰り
報告? は、これで完了。ずいぶん時間がかかっちゃったのは仕方ないけれど、思ってたより隠したことが多くて心が痛む。
あとどれくらいで朝にになるだろう。感覚的な感じでは、今からゆっくり眠ったら起きるのは早くてもお昼すぎだ。明日は丸一日、お休みにしよう。
いろいろ考えることがあったから頭はまだ起きている。でも体の芯がもう眠ろうとしている。
もう「ベッドお借りしてここで寝ていいですか」とか聞こうかなと思っていたら、急に、目の前のサッちゃんが居住まいを正して深々と頭を下げた。
「父御殿、兄御殿のこと、お悔やみ申す。辛かっただろう、国を代表して、頭を下げさせて欲しい。」
冒険譚はキラキラの少年の目をして聞いていのに、話が終わったところで政治家の目に切り替わって、沈痛な声色で気遣ってくれる。さすがオトナだ。
公式に残る政治的発言じゃないけれど、そのぶん、気持ちがこもっていたように思えて、急に涙があふれ出して止まらなくなってしまった。
イルビースでお父ちゃんが死んでいたことを知らされたときも、たぶんこうだった。後からヤクタに聞いたことでは、完全に無表情になって微動だにせず、口は半開きで目は見開いて、ただ落涙していたらしい。
「気味悪かったから、せめてうわーんとかエーンとか言え」なんて無茶も言われたけれど、頭の奥は冷えていて、ちょっと気持ちいいくらいに冷静に周りが見えている。
「辛いことを思い出させた、すまない」ってサッちゃんが抱いてくれているなか、“なんだか違うなぁ、グリゴリィさんがこうしてくれたらいいのに。どう話をもちかけたらこうなれるだろう?”みたいなことが頭の隅に浮かんで、自分がイヤになる。
サッちゃんはこんなに良い人なのに、わたしは人としてイビツなのか。恋愛が下手なのかなぁ。
*
泣き疲れて眠っちゃったことにしたら楽だっただろうけれど、そんな雰囲気でもなくなってしまったので、気持ちが落ち着いてきたころ、割り当ての天幕まで帰ることにした。
サッちゃんからちゃんと帰れるか、送って行こうと心配されたのに部屋の扉を開けると、ヤクタとカーレンちゃんが盗聴スタイルで眠りこけていた。
わたしががんばって起きているのに。こら、起きなされ。
つい、当たりがキツくなって蹴倒して起こす。
「お!? おお、終わったか? 歩けるか?」
「寝ちゃってたぁ… どうだった?どうだった!?」
帰り道、問い詰めたところによるとサッちゃんと、この2人は事前に入念に“アイシャの傾向と対策”を練って、勝負をかけていたらしい。
それはちょっと酷いんじゃないの、と怒ったけれど「殿下で何が不満なの、逆にわからない!」「明日、その“きゅん”をアタシらで値踏みしてやるよ。アタシが謝るかどうかはそれ次第だな!」などと、反省の色なし。
いいよ、そんなこと言ってて、生グリゴリィさんを見て惚れるなよ。……本当に惚れたらダメだよ、ダメだからね。
外に出ると、空はもう明るくなり始めていた。
十字軍の野営地は本陣から離れた後方に設定されていて、歩くとなかなかたいへんな距離がある。でも、聖女様は特別枠で本陣の高級武官エリアに専用天幕を用意してもらっていて、いまの場合、とてもありがたい。
とにかくもう眠ることしか考えられないので、2人の案内に従ってふわふわと歩く。
聖女部屋の前で警護役を買って出てくれていたらしいロスタム爺やには適当にねぎらって、すべてを投げ出しておやすみなさい。
*
見たこともないようなごちそうが、目の前に積まれていく。
「まだよ、まだまだ。」
カーレンちゃんが色とりどりの料理を並べながら、まだダメよ、と制する。
机の向かいでは、ゲンコツちゃんとマリアムちゃんが旺盛な食欲を発揮して、片端から料理を食べ尽くしていく。
「もうすぐメインのお肉が焼けるから。」
私は、いま、このお料理が食べたいの!
「起きろ!」
よく知ってるはずの声が聞こえるけれど、まだその時間帯じゃない。
おめかししたプーヤーくんが華麗なビュッフェワゴンを押して来た。銀の皿には小さいサッちゃん、白い皿には小さいグリゴリィさんが乗ってる。「あぁ、もう辛抱たまらん!」
「もう昼だぞ!」
突然、後ろからマフディくんが現れて机をひっくり返し、キラキラのドレスや宝石が宙に舞う。
「アァッー!」
手を伸ばした勢いでベッドから転げ落ちる。頭がクラクラ、暗い視界がチカチカする。目の前には、足。見上げると、長い脚。
「ごはん! あれ、ドレスだっけ?」
「いい夢を見てたのか、悪ィな。狂戦士殿がひとりでお待ちだ。」
「そうじゃなくて! みんながわたしに意地悪するの!」
「何一つ違わねェぞ。深呼吸して、飯を食え。それくらいは待たせて大丈夫だ。」
知らない部屋だ。木材の床の上に良い絨毯が敷かれていたので、転んでも痛くなかった。シンプルな机の上にシンプルな料理が雑に置かれていて、今の今、見ていた風景には似ても似つかない。でも、その風景が、もう思い出せない。
その代わり、昨夜のことが思い出されてきた。
「……夢かぁ~!」
「だからさ、そう言ってるんだよ。何だ、そんなに現状が辛いか。
とりあえず今の厄介さんを追い払ってくれたらいくらでも優しくしてやるから、頼むわ。」
なんだか、意味深な、大事なことの暗示のような夢だった気がするけれど、衝撃で全部忘れちゃった。
机の上の素食は、堅パンに腸詰めとお芋のミルクスープ。戦場の野営地であることを思えば、心尽くしのごちそうなのかもしれない。よく味わっていただこう。理不尽な意地悪をされたような気持ちは残るけれども。
「それでさ、ヤクタ。狂戦士さんって、昨夜の?」
「おう。アイシャを出せって名指しで出せってうるさいから、ハーフェイズオヤジが対処してる。」
「! やばくない?」
「かもな。だから起こしに来た。」
「ゆっくり食べてる場合じゃないよ! 急ごう!」