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15 イルビース 


 目指す領都イルビースは、広い平地の真ん中、小高い丘に建てられたお城を中心として出来た街だそうです。その周囲をぐるりと運河のお堀が囲んで、さらにその外側に、街道沿いに東西に長く後から後から広がって、にぎやかで大きな街になったのだと。


 城壁は、丘のお城を囲む内壁と、その周りにできた古い町“上街”を囲む外壁の2種類。外側にできた町“下街”に城壁はなくて、街道をふさぐ東西の砦と兵隊の詰め所になる建物がいくつかある。さらに外側に、あふれて新しくつくられつつある“外縁エリア”、これは公式名称じゃないけれど、そういうのができて領都が広がっていっている。もし戦争になったら、その外縁を潰した廃材で壁を作って大きな要塞にする予定らしい。どうせ、領都で戦争をする気はないから大丈夫だよ、とお父ちゃんは言ってる。


 肝心の叔父さんのお家は、上街の方だから安心だ!って。でも、オーク族の斥候さんたちがすぐこの辺まで来てることを考えると、どうだろう。言わないけど。面倒になるからね。



 お堀でもある運河は、ヤーンスの町近くの川からもずっと繋がっていて、のんびり船に乗ってもここまで来れるけれど、港の利用料がとても高いからお父ちゃんは使わないらしい。そのお金を出せなくて盗賊に襲われて、死ぬ思いをしたわけだからお金は大事なものだと思う。

 高いといえば、陸路の街道沿いでも宿場の宿に泊まれるから野宿なんてしない、っていう話だったのに、このご時世だからどこの宿屋も値段が10倍くらい高くなっていて、それでも満員ばかりだったから結局昨夜も野宿だった。お父ちゃんの見込みはいつでもちょっと甘い。


――――――――――――――――――――――


 2日目の野宿の夜が明け、今朝は薄曇りだが霧はなく見通しは良い。家財を積んだ荷車を男衆が引きながら、アイシャとヤクタは後ろをぼちぼち歩きながら進む。森はすでに背後の風景になり、周囲は農地。遠方には街、丘。目を凝らすと城の尖塔と高い城壁も見える。イルビースだ。


 農地を過ぎ、下街に入って東砦までも着かないあたりで、ヤクタが言い出す。

「アタシは、上街の方まではツテもないからここまでだ。じゃあな。また会おうや。」

 父と兄がしきりに恐縮するなか、暮らしが多少落ち着くであろう10日後くらいにこの辺での再開を約して、ヤクタは去っていった。

 思えば2日ほど行動を共にしただけだが、今までの人生で最も濃い2日間だった。いくばくかの寂寥(せきりょう)感をもって、アイシャは連れられて街道を進む。



 雑然とした、言ってしまえば小汚い下街外縁エリアは砦までで、父が何やら(フダ)を出して役人と掛け合い、東砦の門をくぐると、もう少し整然とした下街の市街に入る。ここまで来ると、森や荒れ地の親戚のような街とは異なる、文明人の住処らしい空気が漂う。

 街の中心に近づくにつれ、だんだん街並みは瀟洒になり、家々の軒先には花も植えられて上品になってくるが、道は細くなってぐねぐねと曲がり空も狭くなる。荷車を引く男手は汗にまみれていく。


「この辺りの具合は防衛のためだというが、不便でしょうがないよ。」

「もう少しだ、もう2時間も行けば城門さ。どれ、気合い入れていこう!」

「えぇー、そんなに? もう歩き疲れたよー。」


 1人手ぶらで歩いているアイシャがつい文句を言ってしまい、あわてて口を抑えるが、父と兄は無言でうなずき合い、兄から一言。

「すまなかった、疲れただろう。荷車の上に座ればいいさ。…さあ、これで座ってればいいから。気が付かなくてゴメンな。」


――――――――――――――――――――――


 都の大路を馬車に引かれ、美しく着飾ってパレードの中心になる夢を見たことがある。その風景では道は広くて両脇にたくさんの人がいてみんな喜んでいて、花吹雪が舞っていて、馬車も馬もキラキラしていて。わたしは晴れやかな笑顔で大きく手を振って、歓声に応えていたものだ。

 今、わたしは、お父ちゃんとお兄ちゃんがうんしょ、うんしょと引く荷車の荷物の上に所在もなく座って、狭い道を荷物のひとつとして運ばれている。こうじゃない、こうじゃあないんですよ。


 沿道の人は、狭い道を邪魔なものが通りやがって、と舌打ちを隠さずに、でも道を譲ってくれる。わたしは上から「ごめんね」とおじぎしたり、悪ガキが指さして嗤うのににっこり手を振ったりして応える。

 そのうちに、ちょっと高いところから街を見下ろしている今の状況が気に入ってきて、何だか楽しくなって、手元の荷物をポコポコカポカポ叩いて調子を取りながらお気に入りの歌を歌ったりして、兄がそれに合いの手を入れたりして、そうしているうちに沿道の人たちも一緒に歌いながらついてきたり、おひねりを投げたりしてくれて、いやいや、なんだろうコレ。


――――――――――――――――――――――


 妙なパレードのようになった一隊は、運河の橋を渡り、やがて1人抜け、2人抜け、アイシャたち親子だけに戻って城門の通行待ちの行列に加わる。 ここでは大人しく順番を待ち、父のやり取りを見学する。

「わたしもー、見せて見せて☆ その札って、商業?……商業ギルド!の、C。…ウルトラCだね。」

「ただのCだよ。…無理にフォローしなくても、小さい個人商人でランクCって相当のもんだよ。それにしても古い言葉知ってるねぇ、アイシャ。ウチは曾々祖父さんの代からこの札でやってる、伝統と信用の積み重ねがあるんだよ。もし、ライ兄さんに何かあればアイシャに引き継」「行ってよーし。次!」

「……行こうか。」



 城門をくぐり抜けると、道幅は少し太くなり、城がよく見えるようになった。街の全体が中心の城に向けてゆるい登り勾配になっている。思えば、生まれ育ったヤーンスの町も、全体が庁舎に向かってのゆるい坂になっていた。初めてこの町に親近感を覚えたアイシャは少しだけ不安が薄れる思いで、引き続き、荷車に揺られる。


 この旅の最終目的地、アイシャの叔父さんの家は城門の近く、表通りからいくらか裏通りへ入っていって少し心細くなってくる印象の一角のなかに、周囲に溶け込むように店舗兼住宅として建っていた。父は勝手知ったる様子で裏手に荷車を停め、店内へ入っていく。


「ミラード、来たよ! 世話になる!」

「ユースフ兄さん! よく無事で! 気兼ねはいらないさ、荷は従業員に運ばせようか?」

「いや、そこまでは。あー、そっちが、息子のライ。こっちが娘のアイシャだ。」


 父に似た細身の、しかしもう少し背が高く、都会風に手入れされて整った顔立ち。戦士の佇まいではないが、目の奥に覇気のような危険なものを感じる男性。それが、父の弟・ミラードだった。


「叔父さん、よろしくお願いします。面倒をおかけします。」

 恰幅の良いライが、卑屈にならないようなるべく堂々と握手を求める。だが兄はこう見えて肝っ玉は小さい方だ。アイシャには気にかかることがあり、そっと耳打ちする。

「気をつけてね! この人、すごい暴力癖があるって噂だよ!」


 ()てつくその場の空気。「やばい、聞こえてた?」



ここから第2話の区切りにします。新展開。今後ともよろしく。

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