149 夜語り
一番上等の天幕の、サッちゃんの寝室で2人きりの差し向かいで目をそらし合っている。
腰が抜けそうなほどに気まずい。
*
お風呂の後、女騎士ナスリーンさんに報告漏れ事項をちゃんと報告するように!と怒られて、バトル以外で無類の強さを発揮するカムラン武神の使徒・カーレンちゃんに取り押さえられ、もう眠いのにおめかしさせられてしまう。
途中参加のヤクタも口出ししてきたようだけれど、ナスリーンさんが早くしろと凄むので、その辺はコンパクトに済んだ。
「聖女様から、他にも是非にお耳に入れておかねばならないことがございまして、夜分に恐縮ですが……」
女騎士さんたちからサッちゃんへ先に連絡が言っていたようで、すんなり通されたまではよかったけれども、「後はお若い2人に!」とカーレンちゃん・ヤクタで護衛さんたちが室内から排除され、薄暗い寝室に若い男女が1対1で向かいあうことに。
夜遅くの寝室なのに、サッちゃんの机の上にはたくさんの書類が積まれている。お茶のカップには湯気も昇らない冷めた白湯が残っていて、ずっと真面目に仕事をしていたんだろうなぁと思う。
ふと、馴染みのある香油の香りが漂ってきた。オークの天幕のいがらっぽいお香や、王宮の落ち着かせない香りと違う、親しみ深い花の匂いに気持ちが安らぐ。
揺らめく灯火の明かりに、彼とわたしの影が壁や天井に大きくゆらゆら踊る。不思議な感じ。目の前の人からわたしのことはどう見えているんだろう。
そんなことより、いちおう、わたしから話がある体裁で押しかけてきたんだから、何か話さなきゃ。えぇっと、何だっけ。
初手から考え込んでるわたしに呆れたのか、苦笑してるのか、みたいな顔をしたサッちゃんから口を開いてくれる。
「まぁ、まずは外套を脱いで、その辺に腰掛けてくつろぐといい。夜だが、それじゃ暑くないか? 茶菓子も……どこかにあったはずだ。」
なんて恰好をつけながら、聖女服コートを脱がそうとして、「うわッ」ってのけぞりながら横を向いた勢いですっ転ぶ王子様。失礼じゃないかしら?
このコーディネイトは例の2人のプロデュース、女騎士様の監修付。コートの下は王都で買ってきた“勝負下着”、ヒラヒラのフリフリで覆われているけれどスケスケでどこも隠れてないシュミーズ的なもの。
お店で、カワイイ!と思って手に取ったけれども、でもこれは無いわぁと戻しかけたものを、ヤクタとチャリパが目を血走らせてオススメしてきたので、つい買っちゃったやつだ。
まあ、暗いし、変なものは見せなかったと思うんですけれど。とはいえ、これは恥ずかしい。無かったことにできるだろうか?
「お粗末さまでした。」
「いやいや、そんなことはないが、こちらは何ヶ月も禁欲生活をしていた所なので、もう少し何というか……あ、ベッドじゃなくてこの椅子に座ってくれたまえ。刺激が強い。」
「はぁい。禁欲は立派だと思います。カーレンとヤクタにはキツく言っておきます。
…そうだ、キツく言うといえばあのアーラマンちゃんと使者たち。夕方に遣わしたらケンカしたって、どうします?死刑ですか?
わたしにも責任が無いわけじゃないとは思うんですけれど、けっこう怒られるやつですかね?」
よかった、ようやくちゃんとしたお話ができる。話の流れを強引にラヴコメディから内輪の政治の話に曲げていく。
「アーラーマン師範は余の旧知でもあるし庇いたくはあるが、怪我人も出ていることだし……先程の脱走の罪も問えば、懲罰部隊…捨てゴマ突撃部隊へ編入させて、武勲を積ませて相殺としよう。師範以外は、引き続き禁錮だな。
それと、アイシャの責任? あるのか?あったとして、自分から言い出す必要もないだろう、意外に律儀だな。余からは、どうこう言うつもりはないぞ?」
あら、優しい。でも、いま欲しいのはそういう優しさじゃない。チヤホヤされたいのは変わらないけれど、腫れ物に触るようにおそるおそる接されるのとは違うんだよね。
でも、実際のところ、どう違うんだろう。
そんなふうなことを整理できていないまま、つっかえつっかえに話すと「わかる!」と力強いお返事。
「余も、三番目とはいえ王子だからな、誰も彼もそんな感じだし、自分のしでかしたことの責任を取るだけのことが難しい。それを嫌っていた余が、アイシャに同じことをしてしまうとは迂闊だった! いいだろう、何か罰を与えよう。考えておくから、すこし時間をくれ。」
あぅ、お、お手柔らかにお願いします。お尻ペンペンくらいで。いや待って、それも怖い。
じゃなくて、んー、何だっけ。報告? 何を話せばいいんだろう。サッちゃんはわたしに聞きたいことって、あります?
「ならば、一別以来、どうしていたかを教えてくれないか。あまり深く考えないで、言いたくないことは黙っていてくれていいから。なにせ、アーラーマン師範は「詳しいことは姫に聞け」などと。あんなに使者に向かないお人もおらぬ。
…ちょっと待て、砂糖菓子くらいあったはずだ。…………ぉ尻ωω…」
*
あの使者の一件を笑い話にしてもらえるのは、悪巧みとかしてないと信じてもらえてるからだろう。信頼に応えるくらいには話さなきゃ。隠したいことは……そんなに無いはずだ。
“その辺にあった”というにはずいぶんきれいな箱に準備されていた、場違いに可愛らしいお菓子の甘みで気分が落ち着いたので、スパイ村とプーヤーくんのことから、思い出しながら話す。
お父ちゃんは助けられなかったこと。叔父はサッちゃん派閥系列の革命家なこと。六人衆と王都に旅して、シーリンちゃんが使徒になったこと。
べ太郎、アッちゃん王太子、ハーさんに会って起きた騒動。シーリンちゃん2人の結婚話。塔の武神様と聖女の話。巫女なのは実はヤクタ。王宮で偉い人たちに会ったこと。妹姫の兄への愛情とか、その時のわたしの醜態は隠しておこう。次男さん、あの人は大丈夫?
義勇軍を募集。スポンサーのラーミン伯の不純な蓄財については喋っちゃう。それから、最近描き溜めているお絵かき帳、愉快なドルリお婆ちゃん。
出陣してから、ハーさんの処刑作戦を止めたけれど、今にして思えばやっぱり締め付けたほうがよかったんじゃないか。海に出て、祝福とかして、オーク船団に逆奇襲を仕掛けたりもした。
モルモルの件は詳しく、でもグリゴリィさんのことは最低限だけ話す。それからここまでやって来て、例の“狂戦士”マフディくんについても、追い払ったことは話したけれども詳細は秘す。
この間、35日。我ながら大変なことだと思う。
「待て、では、アイシャの聖女は太陽神の祝福ではない? じゃあ、偽物…いや、現・大聖女直々の指名ならそれが本物の最大の保障だな。しかし、あのヤクタ……これも、聞かなかったことにしよう。」
ご迷惑おかけします!