148 武神集結
「聖アイシャさま。今のお声もとても不可思議で気になるのですが、超聖女ともなればこの世の神秘にも常人より深く関わることでしょうから、ひとまず受け入れることはできます。
ただ、その、殿下をキープしておいて他の男との恋を楽しんでいる、と聞こえましたのですが、それはいかな聖下といえども……」
女騎士ナスリーンさんが湯船から立ち上がって、怖い顔をこちらに向ける。
お風呂場なのでお互いにまるはだか、少々まの抜けた感じはあるけれども、ひどい濡れ衣は晴らさなきゃいけない。相手は鈍感男とラヴ&コメディを嗜む女だ、適当に混ぜっ返すのは危険かもしれない。
勢いで負けていられないので、わたしもザンブとお湯から立ち上がり、向かいあう。
「いやいや、キープってのはそこの雷獣が冗談で言ってるだけで、わたしはべつにキープしてない…じゃなくて。今日、久し振りにお会いできたので、全部これから考えるところです!」
「お、おっ、王子殿下ですよ?」
「キープどころか、眼中になかった宣言だな。」
「もう! じゃあ、ヤクタはどうなの。まだ何にもないの?
そういえば、大将軍(17歳)の息子さんが、ヤクタがすっごいタイプだって言ってたよ。もう、私の出世云々じゃなくて自分の魅力と力で出世を考えられるんじゃないの?」
「なっ…大将軍閣下は48、じゃなくてだな、ジュッちゃんは、あのな、ぁぅ……。」
へたへたと力なく崩れ落ちるナスリーンさん。すごい、色っぽい。でも彼は豪快な女性好きなので、そのノリは違うんじゃないかしら。
「つれないことを言うじゃないかアイシャ。アタシは狙った獲物にはじっくり腰を据えるタチなんだ。まだ乗り換えるタイミングじゃないね。
それより、そっちの悪霊? 武神の親戚? 紹介しろよ。」
ああ、流しそこねた。仕方ない、説明してあげよう。
「武神流の神様やカムラン流の神様の同期で800年生きてる魔法使い。だと言ってるのが、このモルヴァーリドさんです。オーク族の手先の悪霊です。そのマリアムちゃんと一緒に来た魔法使いさんに取り憑いていて、わたしが退治しきれず、路頭に迷っています。ヤクタのヤクザ友達のナヴィドさんの師匠でもあるらしいです。」
「生きてるのか悪霊なのか、どっちだよ。いや、ナヴィドの関係者ならその中間とって、妖怪の類だな。」
[フン、その大きい小娘には魔力の素養があるようじゃな。しかしもうエルヤのツバ付きじゃ、臭くてかなわん。2度とわえに近寄らせるな。]
現状は力がないフワフワした、マリアムちゃんのおまけでしかないのに栄光時代の癖が残ってるのか、傲岸さが抜けないモル婆。
「近寄らせるな、って、あなたから近づいてきたんでしょうに。わがまま言ってると引っこ抜くよ!」
[貴様、そんなことをしたらマリアムが死ぬぞ。そうなったら今度は手助けせんぞ。あぁ、モンホルース全軍が怒り狂ってこの国を焼け野原にしてしまうじゃろうなぁ。
ちょっと力があるからというて何でもできると思うでないぞ。]
この悪霊、と言い返す間もなく、
[負け犬が心地よく吠えておるなぁ、愉快!愉快! おのれがそこまで余裕をなくしている様子は初めて見たわ!]
[地に落ちおったな、モルヴァーリド。我が子に邂逅するまでもなく、エルヤの巫女ごときに嫐られてべそをかいておるとは。次の恥を晒す前に霧散しろ。]
「きゃあ、男!」「どこ!? 誰!?」「ひえぇ!」
武神さまとカムランさんまで湧いてきて、武神連中が勢ぞろい、したかと思ったら突然響いた男の声に、女騎士さんたちやマリアム、両シーリンちゃんは大声を出しながら逃げていっちゃった。ので、モルモルと久し振りのカムランさんも引っ張られて消えてしまう。
残ったのはわたしとヤクタ、武神様。
「おフロ中は配慮しなさいって言いましたよね!」
「わかった、と言った覚えはないな。」
ヒドい! わたしも出ていきます!
「アタシは残って、とっつぁんとすこし話してから出るわ。」と、男前さんは一瞬たりとも動揺を見せずに悠々と湯船に浮かんで目を閉じてる。
気か何かで、いま武神様と2人で会話してるのかしら。疎外感をものすごく感じる。
何も気分を害する要素はないはずなのに。わたしって、結構嫉妬深いのかもしれない。
*
お風呂から上がったところで、女騎士さんたちに捕まった。
「我々には初めて聞くことが多かったのですが、殿下へは全てご報告いただいているのですよね!」
してないよ、みんな忙しかったもの。当然のことを答えたところ、「是が非でも全部喋っていただきます、最重要です」と、連行されることに。
「こんな夜遅くに、お風呂上がりの女の子が男の子の部屋に押しかけるとか、貴族文化的にはアリなの? 夜這い?逆夜這い? ダメでしょ。」
か細い抵抗を図ったところ、ほぼ眠っていたカーレンちゃんが目覚めてしまった。
「だったらバッチリ決めていかないと!」
ちょっと待って、やめて助けて、出でよ武神流最強奥義。
激しい抵抗を目論んでも、こちらはタオル一枚でぐだぐだコンディション、相手は眠りから目覚めて奇妙にハイテンションのカムラーン武神流。予定にないバトル展開に動揺も激しく、簡単に取り押さえられてしまう。
あなた、そのパワーを戦争に使いなさいよ、とは言いたくなるけれどもさすがに言えない。誰も彼も勝手なものだ。
そして始まる、おめかしの時間。
こういう時、なんとなく流されてたらダメだ、ってずっと思っているけれども、いつも「あっ」と思ったときには既にこうなってる。
無理に逃げれば逃げられなくもないとはいっても、泣いて暴れて逃げればダメじゃなくなるってことでもないと思うんだよね。どうするのが正解なんだろう?