147 筋肉まつり
「彼が、我が右腕とも恃む、ナムヴァル将軍だ。余の不在時にも軍をまとめてくれるなど実質は総大将だ。義勇軍のハーフェイズのような人材だな。」
不在時、とはよく言ったもんだね。いや、なにも違わないよ。自分で“捕まっていた間”なんて言わなくてもいいことだ。
将軍さんは、落ち着いた雰囲気の外見、30代なかばくらいかな? ゴツくはない都会的な風貌。ハーさんみたいって言われて気分悪くないかな?と心配したけれど、静かに喜んでるみたい。“天剣ハーフェイズ”の世評はわたしが思うよりずっと高いらしい。
「彼女は、騎士ナスリーン。ナムヴァルとは従兄妹だが、彼女のほうが本家筋だから将来的には偉くなる。今はまだ若いから、ナムヴァルの部下として修行中だ。」
この人は、領都から王都へ行くときに見た。うん、見覚えがある。キリッとした女騎士さんだ。
「げっ、ナスリーン!」と呻いて逃げ出したのはジュニア、それを察知して、目礼を残して「コラ待てボケ!」と走って追いかけていくナスリーンさん。知らない人間関係だ。青春っぽい。キラキラピンクの波動を感じる。
えぇ、ヤクタが好きなんじゃなかったの、ジュニア。戦場の三角関係とか、やめてよ。
そのほか、15人くらいの◯◯担当の偉い人たちを紹介されて、今夜の顔合わせは終了となった。
軍人さんたちにはハーさんが一番人気。むくつけき男たちのスター。派閥が違うので今まで付き合いが持てなかったのが同陣営になったので、ここぞとお近づきになろうと皆で囲んでいる。
キレイどころとしてはカーレンちゃんとヤクタが熱い視線を集めている。それなのにヤクタはアバラが痛んで口を開くのも億劫そうだし、カーレンちゃんは疲れ果てていて就寝3秒前の様相だ。
わたしは、敬遠されている感じ。なにか変なことやらかしたかしら。解せぬ。チヤホヤされる道はまだまだ険しいみたいだ。
*
またもや長かったこの一日がやっと終わるかと思ったのに、まだ終わらない。いま、女子陣みんなで、お風呂に入っている。
案内人は、ジュニア退治を終えたらしい女騎士ナスリーンさん。彼女のお付きの女騎士見習いさんが入浴介助をしてくれるというけれど、私は一人で大丈夫なので捕虜のマリアムちゃんのお世話をお願いした。身汚くしていると捕虜としての値打ちが下がるかもしれないからね。
「このお湯屋は、サディク殿下がアイシャ聖下のご来駕に間に合わせようと、戦そっちのけで準備したものなんですよ。」
ナスリーンさんが妙なことを言う。
「聖アイシャさま、殿下をお助け申し上げるに際して「貧乏国ならモンホルースに呑まれたほうがいい」とか言ったそうじゃないですか。すごくお気を使われてるんですよ。」
「言ったかな? そんなの。」
「言った!」「言ってた…」「知らないけど絶対言ってるッス。」
友人2人に、ゲンコツちゃんまでもがためらいなく断言する。言われてみればそんなようなことを言った気もするけれど、かばってくれてもいいじゃないか。しかもゲンコツちゃんの当たりが強い。
だって冗談みたいなものだし。この国だってじゅうぶん以上に豊かだし、いま、デリケートな問題なんだから言わないでほしいな。それに、すっぽんぽんでする話題じゃないよ。
お湯屋に入っているのは、十字軍の女衆がわたし含めて4人と捕虜のマリアムちゃん、女騎士さんとその部下2人の若い女ばかり8人。狭くて蒸し暑くて、汗と石鹸の香りとその他の何かがムンムンたちこめている。しかも、みんな引き締まった筋肉質のいい体だ。
女☆筋肉まつり。カーレンちゃんさえ例のダイエットを続けているのか、拝みたくなるようなボディラインを手に入れている。
「ねぇ、サッちゃんもここに呼んであげようか。」
「何を考えたらそんな言葉が出るんだ。冗談はオマエの存在くらいにしておけ。」
「ずいぶんお疲れっぽかったし? みんなで囲んであげれば元気になるかなって。」
「そういうのはアイちゃんが一対一でしておあげなさい…」
「わたしのカラダにはホスピタリティがないから。」
「押忍、ジブンは遠慮させてほしいッス。」
「私たちも、それはご容赦を……」
ダメか。女騎士さんたちもそういう感じではないらしい。この風景の貴重さと芸術的価値をわかってない人ばかりで、もったいない。理解できそうな人でこの場に参加できるのは王子様かなって思っただけだよ、ダメなら仕方ない。
[恐ろしい山猿じゃ、性が乱れておるわ……]
こら、モル子モル婆モルヴァーリドは混ざってきたらダメでしょ。大人しくしてなさい。
[このところ、放ったらかされていて暇なんじゃ。そのマリアムも退屈しておったからな、魔法の修行をさせて、多少取り憑いて動けるくらいにはなったぞ。]
冗談じゃない、また悪さをするようなら容赦なく引きはがすからね。
[だいたい、なんだ貴様。あんなにベタベタとリゴきゅんに色目を使っておりながら、ここ数日とんとお見限りではないか。さてはもう男に飽きたか。]
「みんなの前で人聞きの悪いことを言わないで。わたしには仕事があったんだよ。
マリアムちゃん係はジュニアにお願いしてたんだから、そっちのお姫様の退屈はジュニアの職務怠慢だね。」
まったく、手のかかる悪霊ですこと。などと思っていると横から女騎士が参戦。
「あのう、うちのがご迷惑をおかけしているようですが、そちらは、いったい……?」
「そうだそうだ、アイシャまたオマエ、王子様をキープしたままでアタシらの知らんところで面白そうなことを! 誰だ、その“きゅん”って。見せろよ。」
“きゅん”の方は名前じゃないよ。
ところで女騎士ナスリーンさん、あのちゃらんぽらんなジュニアを「うちの」認定してるんですね。
「おさ、幼馴染なだけです! 昔から、私が世話を焼いてやらないとあの男は……そんなことは、どうでもよいので、えーっと…」
わかりました。わかりましたと思います。
それに比べてこの大女は、人聞きの悪い事を。…そうだった、まだ仲間たちにもサッちゃんにもこの魔人のことは言ってなかった。知らない組は、お風呂場で急に知らない声が湧いてきたものだから動揺が激しいけれど、それよりも興味が勝っているみたい。
で、なんて言おうか。説明しにくいんだよねぇ。