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146 王子 4


「本当にアイシャは余に良い知らせばかり運んできてくれる! いったい、その小さな体でどれほどのことができるのか、この身を恥じるばかりだがそれでも、何の役にも立たぬ牛神に聖女などとその身を捧げさせるなどもったいない! そなたは国と民、そして余の宝だ!

 どんなに言葉を尽くしてもアイシャの働きに報いることなど叶わぬが、それでも感謝を捧げたい! 叶うならば、この先も共に在ってくれ!」



 まくしたてられながら、あっ。とも、うっ。ともいう間もなく、サッちゃんの腕のなか、胸の上高く、たくさんの人が見守るなか抱き上げられて、一瞬、心臓が止まったみたいな思いがする。そうして、体中の血が顔に集まってきたみたいに手足は冷たくしびれるのに顔だけが熱い。


 なんだこれ、と頭の芯では思っているけれども、心臓はドキドキして、気持ちの部分では幸福感があふれている。

 こんなに他人に喜ばれたことって、ない。


 お父ちゃんも兄ちゃんも、わたしがニッコリしただけでこの世が終わってもいいくらいに喜んでくれたけれども、ヤクタやシーリンちゃんは、わたしが何をしてあげても「アホ娘がしょうがねぇな」みたいな呆れた笑いを返してくれるばかりだ。

 ハーさんやアーラマンちゃんとかも、腫れ物に触るような怖怖(コワゴワ)さが抜けない。オークの船とモルモル魔人の件以来、悪化した感すらある。


 自分でも、自分がこんなに褒められ、喜ばれることに飢えていたなんて思わなかった。もし備えていなかったらワンちゃんのように(ウレ)ションが出ていたかもしれない。あら、お下品かしら、ごめんあそばせ。



 高いところから周囲を見渡してみる。ヤクタはニヨニヨしている。それは見慣れてる、そんなだから目立たないんだよ。シーリンちゃんは涙目で拍手してる。その反応は、どうかしら。

 十字軍団員はみんな、微笑ましいものを見る目をしている。親子みたいに見えているのかも。わたしはそんなに幼くはないですよ。


 サッちゃん軍の人々、おや、あの色男にヤザン爺も健在だ。微妙な表情をしているぞ。ほか、見覚えのある女騎士さんもいる。なんだか偉そうなおじさんもいる。その人達は“聖女”の肩書きの霧の中のわたしを拝んでいる。そう、現実に拝んでいる。やりきれないなぁ。


 わたし自身は、「イケナイわ、わたしにはグリゴリィさんがいるもの」とか言えたら良かったんだけれど、残念ながら事実としてそういうことがない。

 事実はないのだけれども、内心でこの人たちを裏切っているように思えて、魂に棘が刺さっている気持ちがする。やっぱり、未練はあるけれどあの恋は諦めるべきなんだろうけれども。



 そういえば、彼らにはグリゴリィさんやモルモルのことが伝わってるのかしら。アーラマンのアホちゃんはどれくらいの仕事をしてくれてたのかな。



 抱き抱えられたまま、くるりと向きを変えて、奥へ運ばれていくわたし。まって、どこへ連れて行くの?

 と思っていると、最初にサッちゃんがいた奥の真ん中、そのさらに奥に置いてあったイスに座らせてくれた。これ、あの時、オーク軍の天幕の待ち合い室にあった2番めに豪華な、わたしのお気に入りのイスだ。焼け残っていたんだね。わたしのものにしていいのかしら。このことなんて言ってないのに、行き届いたことで。ヤダ、惚れちゃう。


 ザザッ、っと音がしてビックリして目を向けると、左右に並んだサディク軍の重鎮さんたちがみんなでこっちを向いてキレイな敬礼をしてくれている。

 正面すぐそばには、サッちゃんが(ひざまず)いている。そして、ずっと向こうに我らが十字軍の面々。


 これは、王子様よりもっと上、王様席だ。あわてて、お行儀よく座り直す。ふかふかイスを楽しんでいた姿勢、みっともなかったかも。反省しつつ、あらためて周りを見渡す。



 すごい壮観。背筋がブルリと震える。夜だからあまり遠くまでは見えないけれど、松明の炎がズラッと並んだ上等な鎧兜に反射して黄金色に、ゆらゆらキラキラ、夢見心地の風景だ。

 比べると、その後ろに控えている十字軍のみんなは見劣りするなぁ。どうしたものだろうか。


「アイシャ。先日、余を救ってくれた礼が十分にできていなかったことを謝する。

 そして大聖女後継の位まで得て世論を動かし、“天剣”率いる義勇軍を独自に組織してくれたこと、しかも聞けば誰も察知できていなかった海路の急襲部隊まで撃退してくれたとのこと、功績は万人の援軍にも勝る。

 我々東征軍一同、ここに深甚なる感謝を捧げるものである!」


 サッちゃんが大げさなもの言いで、なにか言ってる。



 あぁ、さっきまではわりとわかる言葉で喋っていてくれたのに、もうわからなくなっちゃった。わたしはオーク語を勉強するより貴族語を勉強してなくちゃいけなかったのかもしれない。まあ、感謝って言ってくれたのはわかった。


 重鎮さんたちは不動の敬礼を崩さない。えぇ、これ、私はどう反応したらいいの?と思うより先に反射でぴょこんと立ち上がってしまったので、とにかく無理にでも口を開く。


「こちらこそ! …?…ぁ、長い間、こわい侵略者から守ってくれていて、ありがとうございます!」


 カッコよくは決められなさそうなので、シンプルに短く一息で終わって、ペコリと一礼。沸き起こる拍手と口笛は十字軍から、ヤクタを中心に。ガラが悪くて赤面ものだけれど、サディク軍からも拍子抜けの顔をしながら拍手を送ってくれた。やれやれ、助かった。

 気が抜けて、また椅子にすっぽりと座ったところで追撃が入る。



「我々の重鎮たちを紹介したい。それだけ、ちょっと辛抱してくれないか。」


 またちょっとフランクに戻ったサッちゃんがウインクを決めながら手を差し出してきた。あ、これエスコートみたいなのですね。どうするんだっけ、うろ覚えで手を取って、新顔の強面さんたちの前まで引っ張ってもらう。

 疲れてるんだから、お手短かにお願いしたいですよ。


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