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143 本陣の戦況 2


 ガアァン。

 雷鳴にも似た銃声が戦場に響き渡り、男はもんどりうって倒れる。

 周囲の喧騒が一瞬静まり、敵も味方も息を詰め、動きを止めて“彼”を見守る。が、


「Mur linfern!」


 男は目と鼻と耳から血を吹き出しつつ額を手でおさえながら跳ね起き、片手で大剣をぶん投げる。


 勝利を確信して拳を振り上げていたヤクタは反応できなかった。かろうじて、彼女を守ろうと身を投げだしたビザン氏と、その馬の体が飛来する大剣を受け止める。


「危ない!」

 という言葉を発しきる余裕もない、刹那の出来事。次の瞬間、大剣であったものとビザン氏とその馬であったものが砕けてバラバラになって巨大な質量としてヤクタに叩きつけられる。

 これにはたまらず、鉄片に切られ、何かの塊に打たれ、負傷し、落馬。


 その顛末(てんまつ)を見ていた人々は恐慌を起こし、集団パニックを引き起こしたように戦場は混沌のるつぼと化した。



 気がつけば、例の男も、その他のオーク兵も姿を消していた。銃撃でそれなりのダメージは与えられていたらしい。サディク軍に大きな被害を与えながら、撤退していたものだと思われた。

 とにかく目撃証言が頼りない。調査したところ、サディク軍の死者40名、負傷者100名。十字軍にも、まとめ役のビザンを含む3名の死者と14名の負傷者(こちらにヤクタも含む)が出てしまった。オーク兵にも100名の死者と、35名の負傷者が残されていた。


 ヤクタは比較的速やかに救出され、治療に当たっているときに武神から話しかけられ、アレが武神関係のアレだったいきさつを知る。


「アイシャが言ってたみたいに、オマエ、ホント邪神だな!」と内心で毒づくも、こればかりは誰にも知られるわけにはいかない。

 バトルに不参加だったシーリンは泣きながらヤクタの治療に当たるが、この痛々しい様子を見て戦意を根こそぎ失くしてしまったようだ。



 これが、昼前のこと。その夕方、アイシャたち十字軍先遣隊の使者であるアーラーマンほか数名が到着する。


 極めてタイミング悪く殺気立ったなか、手柄を吹聴(フイチョー)して飽きもせず得意げな使者たちと、災害のような敵に襲われて、撃退したとはいえ次にまたアレが来たら自分はどうなるんだ! と絶望的な不安をいだきつつ、そのことを表に出せずに苛立ちをつのらせる兵士たち。

 どんな言葉が交わされたかはもはや重要ではない。だが、不毛極まりない小規模なもめごとが起きたのは必然だった。



 とにかく、連絡は取り合わなくてはならない。不埒(ふらち)者たちの処分はひとまずヤクタの功績と相殺で禁固刑にとどめてもらい、負傷をおしてヤクタ自身がアイシャと必要なことを話すため、サディク軍代表の使者とともに先遣隊の陣地へ向かう。

 これが、日没前後のこと。



 そして日が沈んで間もなく。かの狂戦士が生き残った精兵150名を引き連れ、姿を表した。


 この時シーリンは、サディクの天幕で机にかじりついている。午前中、サディクの天幕へ避難していた際にその書類仕事を手伝うと言ってしまった結果、日が沈んでもまだ未決の書類が山積みで終わる気配がない。

 サディクは大喜びで「優秀な事務官は最高の援軍だ、カーレン嬢! 一度手放してしまったことが悔やまれる」と褒めそやしてくれるが、それで喜ぶより手を動かすことが優先だ。


 明日にはアイシャたちも到着すると聞いて、軍隊の運営という大仕事をひとつ成し遂げた感慨に浸りつつ、体は機械的に積まれた書類を処理し続けている。



 突然、体が、机が、天幕が、一瞬宙に浮いた。

 そして轟音。喧騒と、剣戟の音。「夜襲だ!」と叫ぶ声。


「何事だ、報告せよ!」

 自ら天幕の入り口を開いて指示を発するサディク王子。その影にひっそり隠れてやり過ごすつもりのシーリン。


 十字軍後発隊は現在、機能不全で休止中だ。ヤクタは外出中、まとめ役のビザン氏は緒戦でいきなり戦死。一般隊員も怪我人が多く、秩序だった行動は不可能だ。事務員カーレンママが陣頭指揮など、誰も期待していない。


 本陣に小規模な夜襲がかけられた状態で、サディク総司令の仕事は意外なことに、無い。コトが起こる前に対処することが仕事なので、いまさら頑張ったところで現場の指揮官、部隊長クラスで対処していくことの邪魔になるのだ。

 ヤキモキしながら報告を待つのも神経をすり減らすものだが、暴れても仕方ない。

 結局やることがないので事務仕事に戻るシーリンを見て、サディクと側近たちは「それはそれで豪傑だな」と感心したりもする。



 ふと、その豪傑ママが視線を上げる。無言のままふらりと立ち上がり、腰に差した安っぽい剣に手をそえながら、そろりそろりと入口に向かう。


「どうしたのだ?」

 と問うサディクを振り向かずに片手で制し、腰を低くして構える。

 不審と沈黙に耐えきれず、王子が再び口を開きかけたその時、なんの前触れもなく、丸太が飛び込んできた!


 天幕入口の布を突き破って、すべてを砕く勢いで飛んでくる丸太は、シーリンのカムラーン流の一閃によって、はたき落とされるように地に突き刺さって静止した。

 続いて飛び込んできたのが、先程からの狂戦士。一人だ。



 さらに無言で振るわれるカムラーン流の剣。その大上段からの浴びせかけを、額で受け止める狂戦士。その、目に焼き付くような美しく整いながらも狂的な瞳、狂的な笑みを前に、シーリンの職務的な勇気は一瞬で吹き飛んだ。


「ひえぇぇーっ!」

「Jista 'jkun int ! ―― Għandu jkun int ! ―― Hu int !! 」


「カーレン嬢、逃げろ! お、言わずとも逃げたか。皆、この慮外者をたたっ斬れ!生かして帰すな!…いや、逃げたぞ、追え!

 カーレン嬢を追うつもりか? ふざけるな待て! 皆、そいつを倒せ!」


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