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141 夜襲


 体がふらつくのをヤクタに支えてもらいながら、アイシャは天幕の外に出る。

 夏のぬるい夜風が吹きつける。空は満天の星空、しかし地は暗闇。いくつかの松明が頼りなくも周囲を照らしている。

 十字軍の団員たちが細々と談笑している以外は静寂に包まれ、ヤクタが言うような騒動の気配は感じられない。


「ヤシュー、って?」

「ここが襲われてるとは言ってねぇよ。たぶん、本陣の方だ。」

「あぁ、夜に襲われる、夜襲。そんなに遠くの気配は、わたしでもわかんないよ。」

「そうか? 馬で走って、大した距離でもないんだがなぁ。」


 互いの表情は見えないが、ヤクタが冗談を言っているようには見えない。彼女の勘働きは結構アテになることをアイシャもわかっているのだ。

 でも、もうひとつ確証が欲しい。と思って、思い当たるフシを当たってみる。



「武神様に聞いてみたら?」

「アタシが? しょうがねぇな、おい、とっつぁん!」


[呼んだか。おぉ、あっちは働き者だの。アイシャの都合もついたか、早う行け。]


 適当に言ってみたが、知らない間にヤクタと武神様がずいぶん仲よくなっているようで絶句するアイシャ。かなり省略されているらしい会話だったが、何事かが起きていて、自分も行ったほうが良さそうなことだけはわかる。



[十字軍、全員起床! 今晩寝るのは中止! オーク軍がサッちゃん軍の本陣に、夜襲?をかけています! わたしたちも助けに行きます! みんな、走って!

 オミード氏は例の磔刑台を持ってきて! ジュニアと爺やは、捕虜を縛って馬車に押し込んでゆっくりついてきて! 全員、大急ぎだよ!]


 アイシャも最近のグリゴリィ少年を介した練習の結果、テレパシーじみた“気による遠隔通話”ができるようになった。これは、大声を出すより遠くまで正確に、全員に伝えられるすぐれものだ。

 もとより大声を出す経験や技能がなかった身にとっては、気配を探る技に勝るとも劣らぬ有用な技といえるだろう。武神流の技ではなく、魔法に近いものなので武神様が何と言うかはわからないが、いまさら怒られてもどうしようもない。見逃してもらおう。



 ヤクタは肋骨(あばらぼね)が折れているというが、身軽に馬上の人となる。

 アイシャは骨折したことがないのでその(つら)さや努力がわからないが、とんでもなく痛いと聞いたことがある。すごいなぁ、と思う。その程度の怪我は、実際はここにいる男たちのほぼ全員が経験しているのだが、知らないということは幸せなもので、頼れる仲間の勇姿に惚れ直す。


 真っ先にやって来たのはオミードだ。自分の馬にまたがって“例の磔刑台”を片手に、もう片手に“草”ちゃんの手綱を携えている。さすが、できる男だ。

 我が門下のアーラーマンが不祥事を起こした直後でもあることで、比べてしまうと泣きたい気持ちにとどめを刺すようでもある。

 が、ハーフェイズとゲンコツちゃんも駆けつけてきたので、悪い考えは後回しだ。彼らの方にも王子から別の使者が説明していたらしい、目が座っている。それも後回しだ。



[みんな、磔刑台の光についてきて! 先に行ける人は、すぐに行くよ!] 


 オミードに手を引いてもらい、ゲンコツちゃんにお尻を押してもらって、よちよちと馬によじ登ると持参させた大きな磔刑台に小さい手を添える。

 たちまちに虹色のまばゆい光が放たれ、周囲20歩程度の範囲を昼のように照らす。こういう用途を期待していたわけではなかったが、便利だ!


「オミードさん、まぶしくない? このまま馬で走れる? ヤクタ、先に立って道案内をお願い!」


「走れますが、またお体を支えさせていただきますよ。お許しください!」


「オマエ、また人間離れしてきてるな。まぁ、案内ッー……は、任せとけ。痛ぇー、あの野郎…」



「夜襲には、せっかちな時間帯ですな!」


 訳知り顔でオミードが言う。アイシャには知る由もないが、夜襲は敵が寝静まっている頃に行うと効果が高い。いまは日が暮れて星が出ているが、うっすら空に青みが残っている、夜中というには早い時間だ。

 彼は走る馬上からヤクタに問うているため、叫ぶような声量なので、すぐそばにいるとうるさい。


「たぶん!昼間に戦ったアイツがひと休みしてまた来たんだ!素人だ!計算は無いな!」


 これはまだ聞けていなかった、肝心なことだ。聞いておかねば。


「そうそう!ヤクタにケガさせたわたしの敵!誰なの!?」

「武神さま関係だ!」

「え、まさかサウレさん!? もう?」

「誰だ? オマエのエルヤ武神だよ! そっちから聞け!」

「どーゆーことでーすーか! 武神さま!裏切りですか!」



[落ち着け、アイシャ。先日のモルヴァーリド退治のような雑魚狩りばかりでは我とオマエの偉さが周りに伝わらぬ。強者を(たお)してこその最強だ。

 そこで我、アイシャのために一計を案じた。

 我が技を伝えたアイシャが死力を尽くして戦うにふさわしいのは、我が力を伝えた戦士こそがふさわしい。

 よって、敵のなかにいたアイシャ好みの美少年に、我が(つちか)いし力を授けた。嬉しかろう。戦え!]



「嬉しくないし、戦いたくないですっ!」

[文句は、戦ってから言え。ではな。]


 言いたいことだけ言って、エルヤ武神の気配が去っていくのを感じる。

 アイシャの後ろからオミードの、お化けに向けるような視線も感じる。


 ヤクタは、笑っているのか、武神様に怒っているのかわからない表情をしている。

 どうしろっていうんだ。

 憮然としながらも磔刑台を光らせ、兎にも角にも、先を急ぐしかない。


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