140 伝令と事件
懊悩するアイシャを運びながら、一行は進む。
昼頃、あの村の跡を通り過ぎる。無人で、建物は再利用できる建材が持ち去られ、そうでないものは打ち捨てられ、寂寥を感じる風景だ。
プーヤーくんとわたしたちが去った後、村での話し合いはどうなったんだろうか。決裂してみんなバラバラになったとかだったら心が痛む。どこか近場に引っ越して畑を守ってるとかだったらいいな。
さらに進むと、昼過ぎ頃には数日ぶりの街道に戻ってきた。ああ、シーリンちゃんと一緒に歩き始めて、わたしが真っすぐ歩いているつもりで街道を外れていったあの場所だ。
見覚えが、あるといえばある、のかな。
*
さらに進んで、予定より早く、夕方になる前にかつて王子様の本陣だった跡地まで来れた。でもまだ日が高いのでもう少し先、メレイさんがいたオーク軍本陣跡まで進んで野営の支度をする。
焼け野原だけれど、広々とした高台がキレイに整地されていて、見晴らし良好。ここに立っているだけでちょっとした支配者気分になれる良い物件だ。
ここから、先触れでサッちゃんのところに伝令を出そうということになった。義勇軍が明日に着くよ―って。
使者的な役割はいつも、馬術に達者で見栄えも良く、話術も巧みなオミード氏が自然に割り当てられていた。そこに今回は物言いがついた。
王子様にコンタクトを取る、目立つ仕事を独占されるのは如何かとアーラマンちゃん ほか一般団員数名からも、自分にやらせろと言ってきたわけだ。
「どうします?」って、ハーさん、そんなこといちいち聞きに来ないで欲しい。わたしは疲れてるんだ。
どうも、さしものハーさんもあの顔面の押しの強さには若干の遠慮が入るみたいだ。
わたしが元気なら怒らなきゃいけないんだけれど、アーラマンちゃんがハーさんの部下ポジションに素直に入りたくない気持ちだって、わからないわけじゃない。
そして、わたしは疲れてるんだ。しょうがないね、やりたいならやらせてあげれば?
もう、馬に座ってるのも立ってるのも辛い。早く寝たい。お腹痛い。めまいもしてきた。そう言って投げやり気味に要求を呑んで、ひとりゴロリと横になる。
この判断を後悔することになるのは、日が沈んでからのことだった。
*
まだ宵の口の時間だけれど、わたしは女子用天幕に簡易なベッドを用意してもらって寝転がっている。眠ろうとはしていても、言葉にまでならないむやむやとした思いが頭の中いっぱいに広がって、目をつぶるのもしんどい。
そんな感じで悶々とゴロ寝していると、外がなんだか騒がしい。いま、この体調だと気配を探ることもできないけれど、たとえオーク族の襲撃を受けたとしてもハーさんたちが撃退してくれるだろうから心配いらない。
と、なおも布団にくるまっていると、無遠慮に天幕が開いてズカズカと誰かが入ってきた。ゲンコツちゃんにしては足どりが荒い。誰?
「おーい、寝てンのかアイシャ! まーたダラケてやがるな。雷獣サマのお出ましだぞ!」
「ヤクタじゃん! もう着いてたの!?」
バッと跳ね起きる。ひさしぶりの、友人との再会だ。相変わらずでっかいなぁ。なんか、包帯ぐるぐる巻きだし、ナニやってんのやら。
…え、ケガ? ヤクタ、負傷してるの! 大変だ、死んでない?生きてる?何があったの?
「落ち着け、アタシは大丈夫だ。肩を結構ザックリやられたのと、腹にかすり傷と、アバラ一本が折れてるくらいだ。めっちゃ痛いけどな。シーリンは全然無事だぞ。
まぁ、いくつか話すことはあるけどな。落ち着いたか?」
うん落ち着いてる冷静だよ。クール・アイシャだから大丈夫。わたしからも話したいことがあるけれど沈着ぶりには定評がある感じなので話してくださいな。
「マジかよ。まぁ、まず差し迫った話題から始末していこうか。
…オマエのとこからサディクっちに送った使者な、暴れて逮捕拘束されてるぞ。もうちょっとマシなの送れよな。」
いきなり、意味わかんない。どういうこと?
「オマエとこの三下がな、サディクっちのところの騎士に聖女さま自慢をした流れで騎士どもを馬鹿にしたんだよ。それでケンカ。
アーラーマンの馬鹿も、最初ケンカに乗っちまってよ。あとから不祥事だって気づいて、責任とって死ぬって言ってサディクっちに止められてる状態さ。
いやぁ、こういうのって仲間割れの黄金パターンだから馬鹿にならんぜ。誰だ、あんなの寄越したのは。」
……わたしです。え、いい大人の男の人が、自分から買って出たお使いひとつ出来ないの? それもショックだけれど、それでわたしは、代表してサッちゃんに謝ればいいのかな?
「まぁ、謝るしかないンだが、そうしたらいきなり相手の格下になってしまうからなァ。上手いことやらんと、十字軍の部下の不満がたまるぞ。
それにオマエだって、サディクっちには這いつくばれても、その家来の、なんて名前だったか、あの三枚目騎士に土下座するのはイヤだろ?」
「イヤ!超イヤ。え、そんなことしなきゃいけないの?」
「しかし、もしオマエの土下座なんか公開したらハーフェイズとかが怒って暴れだすだろうからな。よくあるんだ、勝手な部下のケンカからグループ全体が崩壊すること。
あちらさんとしっかり話ツメとけよ。」
せっかくのヤクタとの再会なのに、頭痛がぶり返してきた。こんなイヤな話聞きたくない。そうだ、ヤクタは今までどうしてたの? わたしも話したいことが、たくさん!
そうそう、そのケガ、いったいどうしたの? いつ、誰にケガさせられたの? わたし、怒ったよ! 許さないから!
「あーこれな、これは、今朝……
ちょっと待てアイシャ。胸騒ぎがする。気配を探れねぇか? こいつは、たぶん、夜襲だ!」