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14 父という人 


 アイシャは、姿形が母に生き写しだ、とよく言われる。父・ユースフにはそれほど似ない、とも言われるが、本人としては線が細くのんびりした感じが、ユースフとは親子そのものだ、と思って気に入っている。髪の薄さは似たくないが、その辺は都合よく、顔が似ていないなら似ることもないだろうと考えている。

 5つ年上の兄・ライは背丈こそ高くないが、横方向に筋骨隆々としたゴツイ男だ。父方の祖母の兄がそういうタイプだったらしい。祖父母も早くに亡くしているので、そんなこと言われても知らないよぉ、とライと2人で笑っていたが、つまり何が言いたいのかというと、ウチはローカル環境のわりに親戚づきあいが少なくて、(わずら)わしさがないかわりに災害とかで困ったときに頼る当ても少ない、ということだ。

 今回は、父の弟・ミラードという人がいて、避難先の便宜を図ってくれるらしい。会ったこともない(一応、赤ん坊の頃に顔を見ているらしい?)人だが、こういう時には“近くの友人より遠くの縁者”というものだ、と父は喜んでいた。その人が、まともな人なら何の問題もないのだが。

 進むほどに、アイシャの歩みも重くなる。



「ところで、その“(ガン)”、ガーンって音がするからガンっていうのかな(違うっぽいです:筆者注)。頭悪いっぽくて可愛いね。」

「そうなの? えー、でもこんなの作れる奴は、アイシャよりは賢いだろ。」

「違うよ、わたし、街の子供の中ではいちばん勉強できる神童だったし!」

「そうなんだ。あ、オマエ、女の子はバカに見えたほうがモテるって言われてそうしてねぇ? 良くないぞ、そういうの。」

「知らないよ、そんなこと。あ、でもお父ちゃんが喜ぶように振る舞ってるところはあるかもだ。うーん、変えていこうかネ。難しいぜ。おいおい考えるぜ。」

「いや、悪かった、変えなくていい、今のままで頼む。」


 何かをごまかすように益体もないことを話しながら歩く。


「ところでヤクタは、領都に着いたらどうするの?」

「そうだな、当面はカネがあるし。まず銃を金に替えるか、自分で使うようにできるか、後ろ暗い連中を探して当たってみるさ。しっかし、金貨10枚ずつとは、思ってたよりもシケてるねェ。」

「戦に勝ったあとで、もっとくれるって言ってたよ!」

「勝ったら、だろ。負けたらどうすんのさ。国ごと滅びたら、当然ナンもなしだぜ。」

「負け? え、負けちゃうの? そんなこと考えもしなかった。大変だぁ!」


 いや、わかんねぇよ。口約束なんてそんなもんさ、と遠い目をしてつぶやくヤクタ。騙されたことがあるのか、騙す方だったのか。両方かもしれない。


「わたしは、叔父さん家のご厄介になるのはなるべく避けたいんだよ。ねぇヤクタ。1人で生きてくって、どうやったらいいの?」

「そりゃあ、仕事して、カネ稼いで。メシと寝床を確保して。アイシャは武神流があるから困ることはねェだろうよ。なぁ、2人で組んでひと稼ぎしようぜ。何をやるかは考えとくから、領都で落ち着いたら連絡するよ。」


 その提案は素直にありがたい。ヤクタがどこまで世故に長けているのかは未知数だが、アイシャにそういう世間知がまったくないのは自分がいちばん知っていることだ。無邪気にうなずいて、大儲けして偉くなる夢を膨らます。未来はきっと楽しい。



 街道を進み、軍からも遠ざかると、ぼちぼち他の旅人や避難民も目にするようになった。

 しかし、ほとんど荷物を持たない若い女の2人連れがのんびり歩いているのは、旅人からすれば目を引く風景だ。牧歌的、どころではない。少女が実は剣豪であることがわからない以上、ホラーやサメ物語の導入部の水着美女を見るくらいに危なっかしい状況なのだ。

 事実、アイシャは襲われたことがきっかけでこうなっているのだから、今のんびりしているのは賢いと言ってあげられる行いではない。


 そのようにして歩いていると、前から来た旅人が声を掛けてきた。

「嬢ちゃんら、ひょっとして、アイシャって名前じゃないかね。」

「アッハイ、わたしがアイシャです。」

「バカ、知らん相手に軽々しく名乗るんじゃねぇよ。」


 またヤクタに尻を叩かれて赤面するアイシャに、旅人は苦笑いしつつ、話を続ける。

「あんたの親父さんって男が、この先で必死にアイシャって娘を探してるよ。あんなの、娘と自分を悪人の餌に売り込んでるみたいなもんだ。いつもなら、あんな様子なら次の風が吹くまでに身ぐるみ剥がされた死体が出来上がるってとこだろうが、今はみんな自分のことで必死だからな、助かってるんだろうな。あんたからシャンとしろって言ってやってくれよ。おいらァ、伝えたぜ。じゃあな。」


 ヤクタは、呆然としているアイシャにもう一つ蹴りを入れて、

「アンタの親父さんは、まあ、アンタの親父さんなんだろうな。さっさと行ってやろうぜ。」


――――――――――――――――――――――


「あ、あぁ!アイシャ! あ!あ! ああ! ああアイシャぁぁ!」


 お父ちゃん。感動の再開というには、いささか気持ちの盛り上がりに差があるようです。これって、ひょっとして噂に聞く反抗期でしょうか。滂沱と涙を流す姿に、心配をかけた申し訳無さの気持ちはありますが、今のわたしにはシャンとしろと言ってあげたい気持ちでいっぱいです。

 ヤクタ、指さして笑うんじゃない。


「アイシャ、無事で、本当に良かった。もし、お前にもしもしのこと、もも、もしも、し、し…うぅっ…」


 お兄ちゃんも壊れてる。いや、申し訳ないとは思ってるんですよ。ただ、一方的に盛り上がられると、こちらとしてはちょっと。


「うぅっ、アイシャ。とにかく良かった。昨日からどうしていたか、父さんたちに教えてくれないか。それと、隣のお嬢さんはどなたかな。紹介しておくれでないか。」



 盗賊の話は、これ以上騒がれたくなかったからボカして、普通に道に迷ったところを一般人のヤクタお姉ちゃんに助けられて案内してもらったことにした。武神流については、いかんとも説明のしようがない。いずれは話すこともあるかもしれないが、今は省略。

 今朝の王子様の件は、大金が絡むことでもあるのでちゃんと話したよ。何をやって褒められたかは、軍隊の話だから話せないけれども成り行きで王子様のお手伝いをして褒められた、ってくらいに。

 もらった金貨と懐剣を見せたら、“嫁入りのひと財産を自分で作ってくるなんて、なんて出来た子だー”って、父と兄、自分で言って自分で泣いてるの。嫁にやりたくないーって。抱きつかれて頬ずりしようとしてくるんだけれども、わたしが小さいのと、泣いていて前を見ていないので父と兄が頭の上で頬ずりしあっています。挟まれるよりいいけれど、頭の上に涙とかが垂れてくるのは不快。

 わたしとしても、これから行く先のところでお嫁さんになるのは絶対イヤだから、とりあえずお嫁はいかない方向でお願いしたいです。



 話していたら、もう日が暮れはじめたので今日はここまで。明日には領都イルビースに到着予定です。いろいろ前途多難ながら、ちょっと楽しみではあります。


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