139 恋人の守護武神
[サウレは、“恋人の守護武神”になると誓って、まさにそうなりおってな。]
[すごい、立派な方じゃない。わたし、鞍替えできるならそっちがいい。]
グリゴリィさんの婚約者の発覚直後、彼はマリアムちゃんに問い詰められ、ジュニアとキルスが必死で姫将軍をなだめている。
その間、モルヴァーリドが話題を変えようとサウレ武神について語っているところだ。もっとも、アイシャにも前の話題の衝撃が大きく、生返事の感が否めない。
[色きちがいのサウレが自らに定めた、武神としてのおのれを召喚する条件はシンプルだが限定的すぎてな。
▷戦場で、▷3つ以上の恋の三角関係が重なって存在しているとき、▷恋の成就を願って助けを呼ぶ者に、力を貸すという誓いだ。今までに1度くらいはあったんじゃなかったかな。]
[それ、気にする必要あるの?]
[無いはずだったがな。▷わえと、エルヤの巫女の貴様と、マリアムと、リゴきゅん。▷貴様と、貴様の所の王子と、リゴきゅん。▷それに、もう一組。例えば、あの剣士とゲンコツ娘に貴様も絡んでいけば完成よ。
あとは、その関係者が天に向かって誰かとの恋の成就を願えば、その恋が叶うかどうかはともかく、叶った後どうなるかもともかくとして、力を持て余したアホ武神が降臨するわけよ。]
武神連中の厄介さは、このモルヴァーリド含めて骨身にしみていることだ。もう一人増えるなら、その分の厄介事が増えることは当然だろう。
ストーカーのモル太郎に「色きちがい」と呼ばれる某サウレさんはさぞ心外だろう、と気遣いするアイシャも余計なものと関わりたくない気持ちは切実だ。「3つの三角関係」に心当たりがないわけでもない。
ただ、そのリゴきゅんは、わたしはもう諦めたし、ハーさんに色恋はありえないよ。それに、サッちゃんのことあなたに言ったっけ?
[そう、口では簡単に諦めると言うても、なかなかそうはいかんものだよ。貴様、そういう経験はないか?恋だぞ?
それから、ヤツは独自のこだわりの恋愛理論で動く。よって、動きが読めん。ただ、わえが言いたいことは、リゴきゅんに祟らせるなよ。それだけじゃ。呪うぞ。]
*
その日の夜は、開けた谷に孤立したようにたたずむ村落に宿泊することになった。なんとか軍団員全員が床の上、屋根の下に寝泊まりできるらしく、いちばん良い宿に泊まれるアイシャも気兼ねなく休める。
ここは道中に2つある村の、先に通る方の村で、もうひとつの村は話を聞くかぎり、スパイ農民がいた、あのネズミ婆村だ。そっちはなるべく速やかに通り過ぎたいので、夜明けとともにこの村を発ち、昼過ぎにあの村を通過して、夕刻には“戦場平原”にたどり着く予定にしてもらった。
ということで、今晩のアイシャはグリゴリィさんを訪ねもせず、あっさり休ませてもらう。
この地域ではアイシャの故郷と同じく聖女信仰は薄かったので、妙な歓待を受けることもなく、粛々とコトは進む。
近道ルートと聞いたときに感じたアイシャの不安は、考えすぎだったのか、持ち込みの災厄が強くてローカルの災厄が逃げ出したのか、順調で結構なことだ。
などと甘いことを思いながら眠りにつく。実際のところ、ムキムキたちのゴリラ、もといゴリ押しの活躍で進んでいなければ手詰まりになる危機が何度もあったのだが、他のことに気を取られていればなかなか気付けることではない。
不安も不満も抱えつつ、もはや目的地まで指呼の距離を残すばかりになった旅が再開される。ただ、アイシャの顔色は冴えない。
アイシャは風邪をひいたことがない。子供がかかりがちな色々な病気も、罹ったとしても寝込むほどのことがなかった。その健康さは、武神の後継者に選ばれるほどだ。
なので、本人にもこの冴えない気分の理由がわからない。いつになく言葉少なで、周囲の人達と目を合わそうともしないのでオジサンたちは持て余し気味に慌てるが、ゲンコツちゃんは「放っておけばいい」と冷静な態度。
甘やかされたい気分だった“聖女”はへそを曲げながら馬の背に登らせてもらう。
不調は、実際に不調だが、病気でも寝不足でもない。体力不足からの疲労もあるが、主には気持ち的なもの。
実のところ、サッちゃんことサディク王子に会うのが気が重いのだ。
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いまさらだけど、逃げられないかな。別に、やってできないことはないのよ。自分の気持ちと将来設計が無茶苦茶になるだけで。心の赴くままに、ってやつだね。……うーん、普通に考えて、今すぐ逃げなくてもいいかな。
またもや、自分で自分が何をやりたいのかわからないターンだ。
この十字軍結成のそもそもの目的は、シーリンちゃんの結婚話を流すために、ゲンコツちゃんを世間の噂から“神の子”に仕立て上げ、ハーさんと結びつけてしまおうというもの。わたしの役割はもう終わっている。
そこに、後から“超☆聖女”問題が生えてきて、コトがややこしくなってしまった。ただ、これはややこしいだけで、わたしの役目は挨拶することくらいだ。
だったのだけれども、回避不能な敵との遭遇戦で大荷物を抱え込んじゃった。これが良くなかった。
恋! おお、恋!!
彼からわたしへの向きの矢印はひとつもないけれど、わたしが恋されたいルックスのあのひとは、わたしが恋されたかった感じに、周囲から理解されなかろうとも、相手の外見がカワイソウでも、ひとりの女の子を好きでいる。美少女に囲まれてチヤホヤされても揺らぐ雰囲気がない。
つまらない意地を張っていたけれども、もう認めてもいい、わたしはグリゴリィさんが好きだ。
で? どうしたらいいの?
もう関係を深める時間は残ってないし、相談できる友達も合流できるのはもう少し後だ。だいたい、彼女らは恋愛方面で頼りになんない。
そして、この状態で、サッちゃんにどんな顔で会えばいいのか。
「いっそ、全部めちゃくちゃになっちゃわないものかしら?」
周囲から見れば何の脈絡もなくポツンと発された言葉。耳にした皆が慌てるが、恋をしている頭にはそんな様子が見えていない。
一般団員は最初からただ歩いているだけの間に、十字軍は勝手に存続の危機を迎えている。