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137 道行


 この街道は海風の湿気が峡谷の地形に溜まって、雲が低く垂こめていることが多いらしい。故郷・ヤーンスの町を含む“イルビース平原”のどこまでも広く、カラッとした空気とはだいぶ違って、初日はそれも楽しめたけれど、2日目以降は見飽きて気持ちもどんより沈みがち。


 予定通り、港町を出発して最初の宿場町で案内人を雇って、オーク族の勢力圏を避けて南下するルートを定める。街道を2日目でそれて森に入り、山をひとつ越える関所抜けの道を通れば、途中に小さな村を2つほど過ぎて“戦場平原”に出る近道があるらしい。


 とても快調に進めば計4日の道程で済むと案内人は胸を張った。でも、近道という言葉に悪い予感がする。歩いて迷わず、問題なく目的地にたどり着けるって、私の経験でいうと案外難しいことだよ。



 そうは言っても、不安でもなんでも、立ち止まっても仕方ないから進まなきゃいけない。基本的に抜け道とはいえ、人外魔境の獣道というほどではない。


 精一杯豪華な馬車が通行のネックではあるけれども、普通の場所は普通に通れるし、湿地など難所では馬2頭にアーラマンちゃんの3馬力で、さらにつらい崖道などではハーさんも手伝って、馬を外して2人が車体をお神輿のように担いで歩く。

 彼らの肉体がおかしいのか、頭がおかしいのか、モルモルさえドン引きで、車の中の捕虜2人はものを言う気力もなくしちゃった。精いっぱい良くいえば、その膂力で精神的に屈服させたといえるかもしれない。

 わたしも見てるだけで胃もたれするような風景だった。

 


 その、悪霊モルモルことモルヴァーリドと、捕虜の2人のことだ。


 かつて王都を()ってからのハプニングのフォローのため、急遽、途中の港町まで海路を()ることになった我らが十字軍。

 そこで偶然にも敵・オーク軍の奇襲船団と出くわし、ちょっとモメた結果、船団の指揮官を捕虜にし、船団を退却させることに成功。司令官のマリアム副司令の救出にやって来た魔道官グリゴリィと、彼に引っ付いてきた魔人モルヴァーリド略してモル野郎(モル婆)も退治し、捕まえて一緒に捕虜にした。


 マリアムちゃんは「それなりに武術の心得があり、程々の訓練を積んでいる」(ハーさん談)人物だということなので、常人基準でいえば死ぬほどの努力をしてきたのだろう。若い女性ながら風格があるたたずまいだ。

 ただ、ひとり我々から逃げてサバイバルしてオークの国に帰れるかといえば難しいと思う。


 魔道官のグリゴリィさんは、わたしが彼の精神から悪霊化した魔人を引っ剥がした後遺症で魔法が使えなくなっている。

 そのモルモルは、現状、グリゴリィさんの魔力を介せないから何もできない精神体状態になっていて身動き取りづらい状況であるらしい。結局、いま、彼らは無害だ。



 我々には彼女らから聞き出したい情報があるわけでもなく、放っておけばいいのだけれど、ただ、わたしにはちょっと別の事情がある。

 わたしとしては、人工呼吸(くちづけ)しちゃったカワイイ系美少年のグリゴリイさんと仲良くなりたい。そしてあわよくば恋されたい。キャ♥。


 そのためには、彼に恋しているらしいマリアム副司令と近づけたくない。このマリアムちゃんは可愛いところがないわけではないが、魔人も認める“わるいやつ”なので、わたしとモルはこの件においてだけ同盟を結んでいるのだ。

 とはいえ、わたしも一緒に馬車移動はさせてもらえない。なんでも、お外で十字軍団員に顔を見せることも、わたしの仕事のひとつらしいからだ。



 そんなわけで、休憩時間とかの暇を見て足繁く馬車に通っているのだ。けれども、副司令と私は嫌い合っていて喋らず、少年は普段から無口で、いきおい、私とモルモルばかり喋ることになる。

 だけれど、最近ようやく気づいた。魔法が使えなくなってモルの声も聞こえなくなったグリゴリイさんだけど、わたしが唇じゃなくても手を繋いで“気”を流していれば、言葉じゃなく、気で会話できるのだ。


 モル自身、彼女が“リゴきゅん”と呼ぶ彼のストーカーなので、わたしがグリゴリイさんの大きくて乾いているけれど柔らかい手のひらを楽しんでいると、かなり濃い殺意を浴びせてくる。でも、この状態なら魔人と少年も、わたしを介して再び意思の疎通ができるようになる。

 悪霊だか魔人だかなりに複雑な思いがあるようだ。

 


 なお、マリアムちゃんにはジュニアがお付きの人になっている。わたしが彼女担当大臣に任命したんだ。ぜひにも恋愛関係に発展させてほしいものだけれども、まだ進展が見えない。がんばれ。



[じゃあ、昨日の続きね。魔導騎士学園のお話。なに聞いてたっけ。]


 手のひらを通して、思ったことで会話する。これもだいぶん慣れてきて、最初のうちは[背中かゆい]「ワキに汗かいてる」など、いらない思いまで送ってしまって、モルモルの背中までかゆくしてしまって散々に怒られたものだ。いまはもう送るべき思いと分けて考えられる。


[素質がある者しか入学できない、というところまでです。素質とは、(母系)(父系)の体質で左右されます。入学後は才質、知恵や体捌きも重要になります。]


 グリゴリイさんの思念が伝わると、毎回背筋がゾクッとする。声は高めだけれど、響きが落ち着いている感じに揺らいでいて心地よい。いつまでも聞いていたい感じ。


[うむ。素質や才に人格その他、人としての美しさが沿っていかないのは残念なことだ。だからこそリゴきゅんの輝かしさが特別なわけだが。あの“糞虫(フンチュー)”ナミドみたいなのは二度とあってはならぬ。]


 悪霊には聞いてないよ。…ん? ひょっとして、ナミドって、あのナヴィドさん? イルビースのヤクザの。三つ目の。


[何だと? その男、思い浮かべてみよ……ああ、そいつだ。二百歳にはなるはずだが、こんな地の果てて生きておったか。そのうち殺しに行ってやろう。]


 本当に? まさか、あの人のあの異形ってモルモルのせい? エグぅ。そのうえで、二百年も経ってもまだ殺したいほど恨まれてるの? 何やったんだろ、あの人。いや、興味はないよ。


[そんなことよりグリゴリイさん、魔法教えてよ。わたしにもできるの、あるかなぁ。]


[フフ、アセレチカには素質が薄いからダメだよ。俺にまかせときなっ……あ、巫女殿、失礼しました、同じことを同じように聞かれた拍子に、つい…。]

「ねぇ、アセレチカさんって、誰?」


 びっくりした、急にぶっちゃけてきたよ、彼。気疲れがちょっと溜まってたのかもね、かわいそうだったかな。でも聞き捨てならない、たぶん女の名前だよね、今の。


[アセレチカは、私の故郷の幼馴染で、婚約者でして……]



あぁ~、あ~あ~あ~、あーぁ。


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