135 休息
モルモルのいうリゴきゅん――グリゴリィさんは死なずにすんだけれど、体の気の流れが完全に回復していなくて、魔法が使えなくなってモルが取り付くこともできなくなった。うまく数年リハビリすれば元通りになるかも?という状況らしい。
彼らが魔法で船に戻るためには、グリゴリィさんの魔力を乗せた法陣を築く必要があって、さらにモルヴァーリドが元の自分の体に戻るためにも船に残した祭具がないとダメ。つまり、グリゴリィさんが魔法を使えなくなったので、2人と1つの怪しい影はどこにも行けず、何もできなくなった。
そういうことだね?
「くっ……殺せ…」
昨夜のオーク語レッスンで、すこしだけ彼女らの言うことの雰囲気がわかるようになった。グリゴリィさんとは気配をなんやかんやしてお話することができなくなったから、グリゴリィさんと話すためにはもうすこしお勉強するのもやぶさかじゃない。
グリゴリィさんにはモルモルの声も届かなくなっているので、わたしがグリゴリィさんに通訳してあげなくちゃならない。モル野郎は「リゴきゅんとお話できないなんて…」と落ち込んでいるけれど、野郎は自業自得だ。グリゴリィさんはかわいそうな被害者だ。わたしがなんとかしてあげないと。
「おい、お前、巫女! 貴様はもう用が終わったんだから近づくな鬱陶しい! さっきからグリゴリィさんグリゴリィさんグリゴリィさんとピンク色のふわふわを飛ばすのをやめろ、うるさい!」
マリアムちゃんこそうるさいですね。副司令の責任から開放されて好きなだけ色ボケしようとしても許されませんよ。
グリゴリィさんはぐっすり寝ている。肉体的な怪我はないけれど、一度は死んだんだからゆっくりさせてあげないといけない。捕虜の副司令が一緒だとたぶんゆっくりできないので、別室の第二VIP室だ。寝顔も女の子っぽくもあり、男性っぽさもあって、キレイ。うふふ。
「姫聖女さま、サディク殿下にはよろしいのでしょうか。」
誰? ロスタム爺や。サッちゃんの話がなんで出てくるのかな。っていうか、わたし、なんか浮かれて見えてる? ねぇ、ゲンコツちゃん。
「イイと思うッス。初めてアイシャちゃんに親近感が湧いたっていうか、人間に見えてまス。」
そうなの? ひどい。
「ね、アイシャちゃんはこの男の人のどこが好きなんッスか?」
「みんな、そう見えてるの? いや、わたしが好きっていうか、もしわたしに恋してくれる男の子がいるならこんなひとがいいなって思ってた、理想にピッタリの顔だったから…?」
「自分が好きになったんじゃなくて?それも、顔だけ、と言いたいんスね。」
「だけ。だよ。」
[リゴきゅんを捕まえて顔だけということがあるものか!いいか、リゴきゅんはな!]
「まだいたのね悪霊モルモル。おまえは乙女の恋バナに混ざっていい生き物じゃないの。死人の国に去りなさい。」
[貴様のほうが言葉がひどいぞ……]
「アイシャちゃん、あのオーク姫将軍もこの…リゴきゅん? のことを好きっぽかったスけど、盗っちゃう? あの娘ってどんな娘スか?」
「うーん、ばかだし、悪人だし、ちょっとグリゴリィさんに釣り合わないよね。」
[そう! そう! あのマリアムも、その姉も、粗暴なだけでどうしようもない女猿だ。リゴきゅんは渡さん。]
「押忍、モルモル様?ッスか? 貴女とリゴ…彼のご関係は?」
[リゴきゅんは、わえの神殿の魔導騎士学園の優秀な卒業生でな。序列は三位だったが特に顔が良いので、わえ自らストーキングしておる。]
「クソアマども……」
ゲンコツちゃんが何やら怒りに震えているけれども、
「聞こえなーい。」
[フンフンフーン♪]
*
その夜、港町の全体で宴が開かれた。十字軍団員もモテモテでもてなされたみたい。わたしは聖女服が洗濯中なのでお部屋にお留守番で不参加。おしゃれ服で町を練り歩きたかったのに、わたしのセンスでは有り難みが薄いと悪口?を言われた。
ありがたみとは? わたしが超☆聖女なのに、超☆聖女はわたしじゃないのか? なんだか、ずっと同じことで悩んで、答えが出ないな。今日は色々あって疲れたかもしれない。休んでいいなら、素直に休もうか。
次の日目覚めると、もう昼だった。身支度をして食堂に向かうと、主だった連中が集まって会議をしている。え、わたしノケモノ? いらない子だった?
「いえ、姫聖女様は音に聞く恐るべき魔人を調伏なされてお疲れであろうと、いつまで休んでいただくかを相談していたのです。」
ロスタム爺や。そうなの、休んでいいの? いま、どんな話になってたの。
聞いてみると、聖女服の洗濯は超☆気合で急いでもらって、今日のお昼、つまりもうすぐ完了して届けてくれる。
オーク族の船団は、オミード氏が昨日夜通しで馬ちゃんたちをひさしぶりに走らせて追跡、どうやら本当に遠くまで去っていったのでしばらくは安心だろうと。
ベ太郎の仕入れた噂では、“雷獣”ヤクタ率いる後続隊は予定よりどんどん先回りして進んでいる。こちらも急がないと、向こうが先着してしまう。って、“雷獣”が気になって後半が耳に入らなかった。なに?
あと、捕虜の2人だけれども、それなりの身分がある捕虜なのでやはりそれなりの高貴な馬車で護送しなきゃいけないとなって、アーラマンちゃんが町長と相談中だとのこと。縛って歩かせるわけにはいかないんですって。急に紳士的な、というか身分差別というか。「首だけにしてしまえば楽に運べる」という意見も出たけれど、って、いや、それはちょっと。
つまり、馬車の手配さえつけば、もう数日の辛抱でヤクタやカーレンちゃんに合流できるってことね。元気出てきた。それじゃあ、“なるべく早く”で出発しよう。
あと、雷獣の件も、詳しく教えて。




