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133 魔法使い


「異教の巫女よ、話ができるか!」


「はーい、お元気?死んでなかったならよかったよ。 わたしは、元気!」


 流れてきた気の流れに、自分の気を乗せて送り返す。

 殺気の送り方は武神流の秘奥義のひとつだけれど、遠くの人とこれで会話するワザは武神流には無い。近いことをやっているんだろうという気がするので、雰囲気のマネでなんとなくやってみている。どれくらい通じているのかわからないのが怖いね。


「なぜ……ザザッ…は、その…ザッ……閣下…」

 返事が来たみたいだけれど、なんだかジャミジャミした嫌な音が混ざって聴き取れない。これはわたしの受け取りがヘタなのか、彼が送るのに障害があるのだろうか。

 まだ体調が悪くて不自由しているのかもしれない。美少年が苦しんでいるのなら、かわいそう。心配だな。



「ザザッ………あー、あー、聴こえるかね?」


 同じ感じで、違う人の声が入ってきた。中年女性の雰囲気だ。「どなた?」


「おぉ、貴様がエルヤの秘蔵(ひぞ)っ子か。これだけ“使える”とは大したヤツな。わえ(・・)(私)の弟子にしてやってもえいぞ。」


 だから、どなた、って聞いてるんだって。明らかに面倒な人だわ。逃げようかしら。


「待て待て。そっちに行くから。ほら、グリゴリィ、シャンとせェ。」


 来るって? ここに? どこから? あ、そういえば船の上で少年がペピッと空中から現れていたね。うそ、あんな遠くからここまで来れるの? そんなの無敵じゃん。

 そう思って腰が引けたとき、目の前の空宙が裂けて、あの時の少年が現れた。


――――――――――――――――――――――


 いや、違う、別人だ。たしかに同じ人の外見なのに、中身が違う。

 そうアイシャが思ったのも一瞬のことで、あまりに近い位置に、それも少し高いところに現れたので、そのまま落ちてきざまに抱きすくめられる。


「ぴゃっ!」

 反射的に奇声を漏らしながら驚愕に(すく)んだ少女を少年の身体で蜘蛛のように絡め取って、その桜色の耳元に赤い唇を寄せてそれ(・・)は語りかけてきた。


「お初に。わえは、モルヴァリド。神域に達した大魔導師その人、な。使徒とかではないぞ。さてエルヤの秘蔵っ子、貴様、どうしてくれよう。」


 その名に、アイシャは聞き覚えがある。魔法騎士、だとか。自称は大魔導師らしい。武神様連中、どいつもこいつも他人への理解が勝手過ぎる。

 しかし、そんな素朴な腹立ちよりも、現状の対処のほうが優先だ。



 ところで、武神流の呼吸で全身に気を巡らすと、自分は自分という1個の人間であるが、決してただ1つの命ではないことがわかる。

 指先の皮膚にまでも最小単位の生命がいつだって生まれては死んでいるし、血管を流れる血にも、肉にも、内蔵も、小さな命が集まってより大きな生命になってそれぞれに機能し、それらが集まって自分になっている。

 息をすれば微細な命を吸い込んで、たちまちに体の中の微細な命との戦いが始まる。お腹の中では常にそういう争いが巻き起こっている。アイシャがごろ寝しているあいだにも、命は実ににぎやかで、感じ取っていて飽きることがない。


 いま、自分を抱きすくめている少年の体も同じだ。が、少年にはそれらとは違うものがまとわりついている。とても気味が悪い何かだ。

 アイシャは、わずかに自由になる右手で少年の脇腹を叩く。その“何か”を吹き飛ばすために。



――――――――――――――――――――――


 マリアムは立ちつくしていた。

 救助の動きを発見したときは喜びにあふれたが、グリゴリィ魔道官という少年はこのように強引に、あとさき返り見ず単独行動をする性格ではない。そして、現れた少年にちらりと視線を向けられ、総毛立つ。あれは、誰!?


 モルヴァリド。それ(・・)は、そう名乗った。

 モンホルース人ではない。近年征服した国の、伝説上の大魔導師の名だ。神話の人物といってもいいほど、その地方では崇められていた。


 魔法使いは上手く使えば強力な戦力になるが、個の力としては大したことがない。

 魔法研究が盛んだった()の国も、征服するまでは労なく、あっという間だった。しかしその後の交渉で属国とは名ばかり、ほぼ独立国と変わらない広範な自治権を与えられる。

 いきさつは闇の中のまま、「これではこちらが降伏したようなものだ」と、誰もが首をひねる結末だった。

 その後、流れた無責任な噂話に、魔人・モルヴァーリドの名が登場した。何をしたのかは語られていない。マリアムのもつ知識はその程度だ。

 魔道官とは、その国からモンホルース本国に派遣された魔法使いで、グリゴリィもそのひとり。そして彼からも、あの名を聞いたことはない。


 

 ただ、直感が告げる。あれは邪悪だ。この世にいてはいけないものだ。

 だからといって虜囚であるこの身に何ができるだろう。もし、あれに救ってもらえるのならば魂を売ることさえ、ためらいはない。


 ゴクリと喉を鳴らし、覚悟を定めた瞬間、それ(・・)から衝撃波が広がって体をドンと押されたようによろめく。

 次いで、めちめちと肉を手で引き裂くような湿った音が響く感覚。そして、苦痛の声。地面から沸き起こるのか、知らない間にそこにあったものか、あるいは気づかずに自分が発しているものか、混乱する頭には判別ができない苦しみの塊が、耳には聞こえないが確かにいまここにある。


 聖女アイシャと呼ばれていた少女が、グリゴリィ少年と抱き合ったまま何かと激しく言い争っている。少年は整った顔から血色を亡くし、うつろな目を開いてぐったりと首を垂れている。

 カッ、とマリアムの心の(うち)が熱くなる。怒りの感情だ。怒りは、萎えかけた手足の力を取り戻す。苦しみの声はもう意識から外れた。

「何のつもりだ、その男はわたしの部下だ」叫ぼうとするが、口が怒りにわなないて言葉にならない。やむなく、2人に詰め寄るが。


 突然、聖女が意識を失っている少年の頬を両手でつかみ、その唇に自らの唇を重ねた。


 響く絶叫は、誰のものか。彼女自身からのものか。マリアムはグリゴリィに恋していたのだ。


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