131 下船
「マリアムちゃんのご機嫌取り担当大臣はジュニアにおまかせします。殺し合いより得意でしょ? 恋しちゃうことも許します。」
「おいおい、俺はガッとしてモリっとした姉ちゃんが好みなんだ、困るぜ。」
ひょっとしてジュニア、彼はマザコンか。しょうがないな。でもダメ。
「そんなこと言わずに、役に立ってよ。」
わたしの言を聞くなり、両膝をついて突っ伏すジュニア。
「そんなロジ…パワハラって、ねぇよッ……」
まわりの男達も、ジュニアに同情の視線を向ける。なに、わたしが悪いの、これ?
失礼しちゃうわ。「頼みましたよぉ…」と言いおいて、そっと退出。
*
お外では、燃えていた船は半分ほど海面下に沈んでしまっていて、残った3艦が乗員の救助に当たっているもよう。わたしたちの船はそこから離れて、目的地でもあった最寄りの港に向かっている。
と、様子見係の団員のひとに教えてもらう。
「残った彼ら、あのまま帰ってくれないかな。」
「難しいでしょう。何もできずにただ負けて帰って、おかえりなさいと故郷で出迎えてはもらえませんでしょうから。
次は陸戦で迎え撃つか、もう一度殴り込むか……。」
「楽しそうだねぇ。」
「我々、このために出てきてますから。次こそは、見ていてくださいよ!」
ダメだな、どうしてこう気持ちがバチって合わないんだろう。やっぱり、わたしがお花と芸術を愛する女の子で、彼らは蛮族だからか。
…深刻なツッコミ不足だ。寂しい。
*
船は、そのまま港に入っていく。
先行して、オミード氏とゲンコツちゃんが広報大臣として町の実力者に話をつけてくれていて、港は歓迎ムード。桟橋にも人があふれて、手を振ってくれている。
船の先頭にはアーラマンちゃんが十字架を掲げて、わたしも彼の肩に腰掛けて、一緒に十字架に手を添える。
沖合には沈みゆくモンホルース軍の旗艦と右往左往する船たち。こちらにはお昼の光にも負けず、七色の輝きを見せる磔刑台。そして立ち並ぶ戦士たちの威容。
「聖女さま万歳! ファールサ国に勝利あれ!」
ハーさんが一同を代表して叫ぶ。
ワッ、と皆が盛り上がり、次はこちらの番だ、とわたしの方にも期待を込めたキラキラの視線が集まる。でも、今回は打ち合わせ済みだ。
「“天剣”ハーフェイズの言祝ぎを嘉します!」
噛まずに言えた。あまり大きな声は出せていなかったと思うけれど、群衆の盛り上がりは数倍のものだった。大丈夫かしら、わたしも意味わかってなくて言ってますよ?
“天剣”だ、ついに“天剣”がお出ましだ。聖女様が最終兵器を引っ張り出しなさった!
町の人々の喜びの声は、だいたいそんな感じ。
アーラマンちゃん、怒っちゃダメよ。心配になって耳元にささやくけれど、真っ赤になっている。怒っているのか、おしりのすぐ横の熱気が暑い。これ以上、この衣装で汗をかかさないで欲しい。あぁ、アーラマンちゃんも汗臭さが気になってるかも。いやいや、彼のが6倍は臭いから。文句言ったら殴るよ。
*
「この町に、数日逗留します! 具体的には、聖女服のクリーニングが済むまで!」
その日の夜、町一番のホテルで総責任者の強権を振りかざす。
野郎ども+ゲンコツは「そんなの気にしすぎ」と言うけれど、マリアムちゃんはパッと見でわたしを嗤ったんだ。っていうか、わたしが気になるのよ。
「でも、この薄汚れたナリで王子様には会えないワ。」
とか言っておけば、まあ彼らの反論は潰せる。ひとつ、この問題は終了。もうひとつ。
「近くに、知ってる気配があるのよ。ハーさん、隣の部屋にベフ…べ太郎がいると思うから、連れてきて。」
「なんと!」「不審者か!」「殺せ!」
「殺しちゃダメよ!」
わたわたと男たちが部屋から走り出ていって、落ち着く暇もなく戻ってきた。
ハーさんの小脇には、しばらくぶりの地味な男が抱えられている。
「元気だった?」
「お前のせいで、失脚したさ。満足か。」
あらごめんなさい。でも、必要以上に突っかかってきたあなたが悪いのよ。申し訳ないけれど、今はこの冷たいツッコミが安らぐわ。
「王都の方とか、今どんな感じ?」
「普通だよ。民衆は噂話のネタが増えて喜んでるが、いつもと変わりなしさ。お偉方も、他の仕事が多くて構ってる暇が無い。
が、モンホルース海軍の奇襲と、その阻止だと? お前ら、どこからの情報で動いたんだ。」
「そりゃあ、偶然だよ。あ、そうだ、それより、そのオーク族のお姫様をさらってきてるんだ。ベ太郎、オーク族の言葉わかるよね! うちの通訳担当にオーク語、教えてあげてよ!」
話すほど、彼の表情の辛みが増していく。聞けば、この港の沖合に煙が上がっているのを見たときは我が国の海軍をわたしたちが焼き払ったと誤解したらしい。理解がひどいね。
あと、死んだメレイ司令官の後釜には、虐殺将軍との呼び声も高いイライーダ将軍が赴任してくるという情報があって、国の和平派が崩壊しかかっているらしい。知らないけれど、わたしのせいじゃないと思う。恨まれても、知らない。
とにかく、べ太郎を連れて、ゲンコツちゃんとご機嫌取り係ジュニアとキルス通訳と、マリアムお姫様がいるVIP室に向かおう。