13 王子 2
サディク王子様?の、全身の服の下を探るようなネットリした視線を浴びています。か、帰りたい。
「余も、王都にて武神流を学んだことがある。あの訓練のキツさは、いまだに悪夢になるほどだ。見かけによらぬものだが、そなたは妹弟子でもあるのかな。そう名乗ってもよいぞ。
此度はひとつ手合わせを所望してはいたが、我が為に愛剣を損じてくれたところに申し出るのは憚られるな。償いに、良い具合の剣を下げ渡したいと思うが、ファリス、あるかな?」
「女人用の道中差は、軍中には、どうも……儀仗用の細剣などであれば、まぁ。」
「なまくらどころか、青銅の棒ではないか。無いなら、都まで走って買ってこい。」
「あー、あー! その棒か何かでいいです! あー、棒、嬉しいなぁ!」
イケメン子爵に殺意の衝動が走ったことに気がついて、その場を収めようと口をついた言葉をそのまま発しましたが、いまの周囲の反応を見ると、よくなかったみたい。
「儀仗用の剣っていうのは、国の格調高い儀式やお祭りで使うキラキラの金や宝石付きの剣で、手に持つにもそれなりの権威や人格的風韻というものも必要になるものなのですよ…多くの騎士がこれを持って儀式の壇に上がることを夢に見る剣なのです。」
爺やの補足、ありがとう。周りの人たちや、さっきからの若い大男もうなずきながら、”舐めるな小娘”と言いたげな表情でこちらを見ています。が、わたしも四世を犠牲にしたぶん、何かお返しをもらえてもいいんじゃないか。
それにしても、銃。武神様も知らない新しいものが、森の中で800年引きこもっているうちに、当然できている。みたいだ。どこまでアテに出来るんだ武神流。なぜ出てこない武神様。不安になってきたところで、やって来たヤクタがわたしのお尻をパスンと叩いて、若干ソワソワした感じで、
「ご褒美はもらえたか。さっさと行こうぜ。」
うーん、剣の代わりは欲しかったけど、なんだか揉めてて面倒だし、ヤクタも急いでるみたいだし、わたしもそういえば急いでたし、ま、しょうがないか。
「そだね。じゃあ、行きましょう。皆さん、お世話になりました。いくさ、がんばってくださいね!」
手を振ってお別れしようとしたところ、王子様が「待て、待て」と、懐から取り出したキラキラの何かを手渡してきた。
「これは、余の妹姫が自分の身代わりにと寄越してきた御守りの懐剣だ。剣の代用にはならんものだが、せめての礼だ。持っていくがよい。」
「えっ、それってすごく大事なやつじゃないんですか! いいんですか?」
「我が身を暗殺者から守ってくれた霊験あらたかな御守りなれば、効果を発揮したなら新しい持ち主へ渡り歩いていくのだ、こういうものは。それに余としても、この出会いにはなにか意味があるように思えてならん。だから、受け取ってくれ。」
案外、真剣な目で言われるものだから、つい受け取ってしまいました。どうしようコレ。
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王子の軍は森を調査する一隊を残し、街道の先へ行軍を再開した。
アイシャとヤクタは、朝からの思わぬ展開に時間を取られたが、金貨と懐剣をもらって、また思わぬ収入があったことで足どりも軽く、領都イルビースを目指して、軍がもと来た方向へ歩みを運ぶ。
「ああっ、聞くの忘れてたっ!」
「なんだよ。」
「えーっとね、貴族とか王族のひとって、血が青いっていうじゃない。本当かどうか、聞きたかったのに。」
「だから、そこで首切って見せてみろって? お前、本当にそれ聞けなくてよかったな。」
だって、貴族様だなんて偉そうにしてるんだから、それくらい違うべきだと思わない? アイシャは不服に思うが、ヤクタがそんな良識ぶれる柄でもないことも承知している。
「ヤクタだって、森の暗殺者の銃?を、ちゃっかり自分のものにしちゃったんじゃないの? 王子さま騙してさ。」
「なんだ、王子様のこと好きになって忠誠を誓いでもしたのか。そんなことより、銃っていうの? 本当にガメてきたんだけどさ、どうやって使うんだろう?」
「ちょっと待って。女の子に男の人を好きになったのかって聞いておいて“どうでもいいけど”みたいに流さないでくれる?」
「え、ひょっとして本気?」
「別にそんなんじゃないけど。わたしの運命の人は他にいるはずだから。でも、恋の話だよ? コイバナだよ!? ヤクタお姉ちゃんは、何か恋の話はないの?」
「あるわけねえじゃん。あのくっさい男どもの群れの中で。これからだよ、アタシには。これから。」
「そっかぁ……。」
朝方の霧は最初から無かったかのように空は晴れ渡り、昼の暖かな陽射しが2人の体を包む。春の風が鳥の歌声と花の香りをどこからか運んでくる。アイシャが、大きなあくびをひとつ。人の殺し合いなど、遠い別の世界の出来事のようだ。
不意に、いたずらっぽい笑みをひらめかせたアイシャがヤクタの袖を引く。
「ねぇ、ねぇ。わたし、ひとつ目標を見つけたよ。」
「どうせロクでもねぇことだろうが、話してみな。暇だからな!」
「その言い方がロクでもないよ。…いいや。あのね、わたし専用の爺やが欲しい。だから、爺やが居るような身分になりたい。偉くなるんだ!」
「…ああ、便利だったよな、あの爺や。アタシは偉くなりかたなんて分からんけど、陰ながら応援するぜ。」
「なに言ってんの。ヤクタはわたしの家来だから、わたしが偉くなったらいちばんの重臣だよ? 一緒にがんばってよ。そうね、ヤクタが婆やになるまでには偉くならないとね。」
「お前、本当に言葉には気をつけろよ。そのうち寝首を掻くぞ。」
街道は一本、まっすぐに続いて、その先は見えない。だが、いずれは領都イルビースに続く道。この道を外れて踏み出せば、どこかもっと素敵な場所へ行けるかもしれない。行けばわかるだろうか、危ぶむから道がないのだろうか。
思うことは様々にあるが、ひとまずは父と合流する当初の目標を達成して、その後は一応信頼する父の意見も聞いて、それから考えよう。
懐の、ヤクタと分け合った金貨の袋を握りしめ、意気揚々と歩を進めるアイシャだった。
サブタイトルに入れている恋と就職の話にはまだしばらくかかりそうです。本当にできるのか?前途多難ですね。