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130 マリアム副司令


 天には黒煙、底には海、間には猛火。これは地獄か。

 彼ら自身、港町とかにこういうことをしに来たのだから正しい報いだ。その建前を否定する気はない。

 けれども、やがて自分にはどういう報いが来るのだろう。正義の怒りに燃えて立ち上がったわけでも、平和を求める渦巻く血潮を震わしたわけでもないわたしのこれは、快楽殺人? いやいや、彼らは悪の軍団オーク族、暴虐皇帝の手先・侵略者オーク軍。「人間のやることじゃねェことをやりに来る鬼」。広い意味でのお父ちゃんのカタキ。

 そうは思うものの、黒煙の中から火だるまになってよろめき出てきた兵が海を目前に倒れたのが見えると、ヒッと心が詰まるし、そこに他の兵が駆けつけて燃えている人を海に投げ込むのを見れば、なんとか生きてほしいと両手をもみ絞って願ってしまう。こんなときヤクタならどう言ってくれるだろう、想像もつかない。



「姫様のご覧になるものではありません、これで我が国の良民、数千人の生命と生活が守られたのです。我々は姫様と十字軍を誇りに思います。」


 はじめ、喜色満面にやってきた爺やが海を眺めるわたしの顔を覗き込んで、急に謹厳な顔になって、良いことを言う。

 そう、いまさら私の気持ちがどうでも、ここまでやっちゃったんだからもう後には引けない。でも、気持ちが晴れない。夢に見て、目標にしていた、みんなにチヤホヤされて、爺やが言うことを聞いてくれたりわからないことを教えてくれたりしていて、順風満帆なはずだ。


 それなのに。周囲の人がたくさん増えたのに、ヤクタと2人の時よりも孤独感が強い。

 ゲンコツちゃんとは仲良くなりつつあるものの、今回のバトルで仲間はずれにしたのでまたちょっと嫌われちゃった。でも、大男と女の子じゃ、皮膚の厚さから違うんだから、彼らのかすり傷はわたしたちには大怪我だ。わかってほしいなぁ。


 でもゲンコツちゃんは基本的にハーさんのことばかり見てるので、どうしてもわたしのことは後回しだ。これがよくない。わたしも恋したいなぁ。もう、いっそ、ジュニアでもいいかな、顔は悪くないし。

 いちばんの顔の好みでいえば、あの魔法使いくんは理想的だった。敵味方の許されぬ恋! すごく良くない? 生きてるのかしら、今、どうしてるだろう?

 そんなことをグダグダ考えていたとき、ジュニアが呼びにきた。ひぇっ。



「捕虜のオーク姫がお目覚めだぜ、オッサンどもが手を焼いてるからアイシャ姫、頼むわ。」



「Persuna rude! Inżel, mitluf. Jiena naħfrek jekk iċedi issa. Eħlisni! Taħseb li tistaʼ tgħix billi ma tobdix l-Imperu? Armi dik it-tama. Qerda biss tistenniek!」


「通訳しろキルス。」

「早口すぎて聞き取れません! どうせまともに意味があることなんて言ってませんよ…まず落ち着かせてやってくださいよ…」

「それもお前の仕事だ…おぉ、姫様、お待ちしておりました。が、此奴、わめくばかりで何とも……」


 あー、キャンキャン叫ぶ女の子って扱いに困るよね。ハーさんがこの娘を殴りつけない良識があってよかったよ。まぁ、ハーさんはシーリンちゃんを蹴ったせいで今の運命があるんだけれどね。


 さて。あの魔法使いオークさんのマネで、気配を感じ取る技の応用で話ができればいいんだけれど。

[こー、んー、にー、ちー、はー。わー、かー、りー、まー、すー、かー。]

……


Indanna(クッ)... joqtluni!」

「殺してください、と言っています。」


「そんな丁寧な感じじゃなかったよね。…んー、通じなかったか。じゃ、まだまだキルス通訳大臣が頼りの綱だよ、長い付き合いになると思うけれどよろしくね。それじゃ、まず……」


 自己紹介の通訳から! と言おうとしたら新任の通訳大臣がむせび泣いている。周りを囲んでいる団員さんたちにはもらい泣きしてる人もいる。アーラマンちゃんはなんだかすごく怒っている。なんだか面倒な予感がする。


「いいから、翻訳してよね! わたしはアイシャです。あなたは誰ですか。…ハイ、そうぞ!」

 “聖女”の通訳もなかなか難しかった経験がある。いちばん簡単なやりとりからお願いしたけれど、どうかな。


「…Jisimni Mariam, u jien id-deputat ġenerali tal-Imperu Monghols.」


「こちらは、マリアムさんです。モンホルース帝国の、何やらの、身分がある方です。」


 身分があるのは見ればわかるよ。役職の難しい名前は、わたしの国のでもわからなかったりするから仕方ない。とにかく、マリアムちゃんね。カワイイ名前だと思う。

 マリアムちゃんは黒髪を左右ふたつのお団子にしていて、細い吊り目に黒い瞳、丸顔が可愛らしい神秘的な風貌だ。服装も我が国とは雰囲気が違うけれども、絹のドレスに金糸の刺繍、翡翠のビーズ飾りの豪華さは戦場の衣装なのにうちらの王女様の宮殿での略装よりも華やか。しかも戦塵の汚れも、麻袋のなかで小麦粉が付いたくらい。

 やっぱり、帝国主義の上の身分はすごいな。



「わたしは14歳です。あなたは?」

「~~。」「~~。」

「20歳だそうです。」

 うそっ、そんなに歳上? あ、いや、驚いちゃ失礼かも、だ。


「好きな食べ物はありますか? わたしは、甘いものとかお肉とか好きです。」

「~~。」「……。」

「…~~。……あー、あの…。」


「いいよ。…メレイ将軍のところで出したもらった、シナモンの香りの揚げ菓子。あれ、おいしかったけれど、なんていうお菓子か知ってる?」

「~~。」「Melei? X'tip ta' relazzjoni għandek miegħu? X'taf? Jien ma naħfrilkomx jekk ma titkellimx!」

「え?あー、う~、Erġa' għid dan, jekk jogħġbok?おふゎっ!」


 あらら、耳を近づけた通訳大臣が頭突きを食らって倒れちゃった。で、マリアムちゃんは男たちに取り押さえられ、とりあえず今日の尋問はここまで。なんだか親の仇を見る目で睨まれちゃった。あるいは本当にそうなのかも。また心が痛くなってきた。

 そうよね、あの件、問題が多いし、言わないほうがよかったね。それにしても、通訳大臣にはもうすこしレベルアップが必要だね。世知辛い話だけれど。


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