129 脱出
我らが義勇軍、ひと呼んで“十字軍”が王都を出発して6日。
初日の夜は野営地に泊まり、翌朝早くにジュニアと遭遇。大将軍から派遣された“憂国団”を陸路で見送り、我々は川を船で進み戦場へ向かうはずが、河賊の宴に巻き込まれ、気がつけば航路をまるで外れた海の港に到着。
仕方なく、聖女の名を売って船を借り、急遽、海路を征くことに。ここまでで4日。
海では天候にも風向きにも恵まれ、スムーズに目指した港へたどり着くかと思えば、2日目朝からとんでもない濃霧。しかも、霧の中でオーク軍の奇襲船団の只中に紛れ込んでしまう。
敵の奇襲攻撃を察知しておいて放置などできない。この霧さえ利用して、十字軍のなかでも超常的な実力を持つトップスリーとわたし、すこしオーク語がわかる一般兵氏の5人で敵の旗艦に逆に奇襲を仕掛ける。
そして、若干の混乱を引き起こしつつ、敵船団の指揮官と思しき女性高級武官の拉致に成功。引き上げだ野郎ども!
*
船が、燃えていく。霧は、急速に晴れていく。黒煙と炎があたりの空気を激しく巻き上げていくせいだろうか。
乱戦の最中、アイシャが「敵さんの心配事の気配がわかった」と神がかりのようなことを言い出して、他の団員にはわからないのだが聖女の肩書とは得なものだ。敵の狼狽と霧の視界不良に乗じて、混乱の現場を脱出する。このとき、ハーフェイズがオーク族の少年魔道官を急襲し、指揮を止めたことは自覚しない大手柄だった。
そのまま一行は走り抜け、ある地点で「オミード氏、火薬の袋に火をつけて、この部屋に投げ込んで!」というよくわからない命令にも忠実に従った氏により、炸裂する火薬、はじける油樽・小麦粉等可燃物の悪夢のコンビネーションが実現した。
爆発音と衝撃で目を覚ました捕虜の女が「ムーッ!」と叫んで暴れだすが、そこに偶然飛んできた穀物袋に押し込み、ギュッと縛ると、やがて静かになる。
「どうして、手慣れてるのかしら。見る目が変わるわ、ハーさん。」
「どうしても、やらねばならぬ事は時と手段を選べぬものです。」
延焼の助けとするため、オミードとアーラーマンはシャツを脱いで火中に投じ、この場を離れる。結果、アイシャが「うきゃぁ」と小さく悲鳴を上げるムキムキしい一団となってしまう。本当に仕方ないことなのか? 筋肉を披露したいだけではないのか?
オーク族の兵士や船員たちは指示を失い、目の前の炎の勢いを止めることに必死となって肝心の指揮官を抱えた侵入者たちが見えていない。筋肉男の目論見が外れたかとほくそ笑むアイシャ。それはともかく、隙を見て潜入してきた船尾、脱出地点へ急ぐ。
船尾では、数十人のオーク兵が弓矢や銃を船外に向けて、誰かと戦っている。乗り込んだ鉤縄は外されたらしく、失くなっていた。
「姫様、六人衆の6・ファルディンが迎えの船で寄って来ておるようです。打ち合わせに反する勇み足ですが……如何しましょう。」
いちばん背が高いアーラーマンが様子を確認して発言する。呼ばれたらつい見ちゃうから、半裸状態で口を開かないで欲しい。いかがしますかとわたしに問われても困る。
困ったアイシャだが、悩んでいる暇はなさそうだとも判断。とりあえず体を動かしてみることを決意して、無理めの指示を出す。
「道を作るから、2分だけ、守って!」
それだけ言って飛び出し、船の側面の壁に取り付くアイシャ。同時に、トップスリーも敵兵の背後へ襲いかかる。キルス雑用係は敵指揮官が入った麻袋を担いで、アイシャの影に入ってムキムキたちに守られる。
アイシャは壁を掴んで、波の動きに合わせ、うんしょ、うんしょと押したり引いたりしている。いったい何をしているんだろう。キルスはやきもきしながらそれを眺めつつ、いま3人のムキムキが戦っている敵兵は飛び道具装備なので、こちらに飛んでこないか気が気でない。
そんな彼でも、「あれ?」と思った瞬間、アイシャが「うんしょー!」とひときわ大きな声を発し、同時に船の外壁が広い範囲でめくれあがり、崩れ落ち、瓦礫となり、迎えの母船へのスロープへと変化した。
「みんな、行こう!」
アイシャの叫びとともに男たちが走る。船と船を結ぶ空中の道は20秒と姿を留めず、5人と麻袋が無事に元の船へたどり着いたその時には崩れ去っていく。そして、海面下も含む外壁の一部を失った敵軍船は大きくかしいで、炎上しながら海中へ沈みはじめた。
「奇跡だ……」キルスが精根尽き果て、転がりながら慨嘆する。
「そんな、馬鹿な。」オミードが腰に手を当てたカッコいいポーズでつぶやく。
アーラーマン、ハーフェイズさえ、いまさらながらにアイシャを見る目に畏れがこもる。
それはさておき、突入した5人全員が特大の戦利品を担いで生還した。
後から見れば無傷とはいかず、大きくはないものの切り傷や打ち身、脱出時の弓兵との乱戦での矢傷はアーラマン、オミード、キルスには少なからずあり、特に最後、迎えに来たファルディンは6本の矢が刺さり2箇所の銃創を負って、刺さりどころは悪くなかったらしいがよく平気な顔をしているものだと、傷口を見たアイシャのほうが怖くなってへたり込む。
ともあれ、オーク軍と十字軍の初戦闘、大勝利だ。
*
「ハー様、ご無事でよかった!」
留守番だったゲンコツちゃんがハーフェイズの胸に飛び込む。ゲンコツちゃんの青春風景は団員一同、微笑ましくも尊いものとして、拝むような気持ちで盗み見ている。ハーフェイズも始めのうちは迷惑とも言えず持て余していたが、この頃は悪くない気分のような表情だ。
沈みゆく敵旗艦に巻き込まれないように遠のきながら、アイシャの気持ちは喜びにはほど遠い。炎に巻かれて傾く船から海へ落ちていく兵士を眺めて「助けられない?」と爺やに聞くも、「奴らにお任せなさい」と、予期した通りの返事。
あの魔法使い?の少年はどうなっただろう、今どうしているだろう。ハーさんは「たぶん殺せていない」と言っていたが、乱戦していた辺りは黒煙に包まれて何も見えない。
悲喜、こもごも。勝負の世界の決着の姿。そうは、いってもねぇ。