表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/251

124 霧


 その日は快調に進み、翌日、寄港地で水や食料を補充し、さほどの時間もかけず、目的地を目指して船旅を続ける。


 この間、特に語るべきこともない。イルカが近くまで遊びにきてアイシャが興奮のあまり過呼吸を起こしたとか、アーラーマンが激しい船酔いのあまり自裁しかけたとか、ゲンコツちゃんとハーフェイズが夕日を眺めていい雰囲気だったのをみんなで盗み見してジュニアが制裁されたとか、ちょこちょこっとした面白エピソードにこそ事欠かないが、苦難とか試練とか悲劇など、泣けるような盛り上がりどころは何もなかった。


 最初の出港時についてきた船団は、初日のうちにそれぞれの都合に合わせて引き返していき、現在は遠くに霞んで陸地が見える他は青い青い海と空ばかり。いつか見た、夜の森の月光の青さとはまるで異なるようで、どこか似ているようでもある。



♪ 世界を見ようと船乗りになったが、結局見たのは海ばかり ♪


 そういう唄があると爺やに聞いたときには笑い転げたものだが、わずか一日半でアイシャもその気持ちの数分の一を垣間見た気持ちになっている。この空いた時間を活かして働こうという勤勉さは持ち合わせないけれど、退屈さは如何ともし難い。



 十字軍の団員は船の上でもハーフェイズの指導で訓練を受けている。何かの罰だろうか、ジュニアも参加させられていて、遠目にも瀕死の(てい)だ。ゲンコツちゃんは小気味よく動いている。アーラーマンは船室で船酔いに苦しみ通しだ。間違いがあるといけないので、猿ぐつわをはめてぐるぐるに縛られている。非人道的だが、元々猛獣なので仕方がない。


 結局アイシャは、船倉からワインをくすねてきてちびちび舐めながら昼寝を嗜むことにした。怠け根性がすっかり板について、これから戦争に行く構えには見えない。彼女はなけなしの責任感でついてきているが、積極的に戦争したいわけではないのだ。

 ロスタム爺やの目線がちょっと冷たいけれど、この調子なら、もう明後日には馬に揺られる陸路だ。今だけ、ちょっと楽をしていてもいいと思う。爺や、ワインをもう一杯。


――――――――――――――――――――――


 また翌日。大過(たいか)なければ、この日の昼過ぎにはもう目的の港に到着予定だった。



 朝から予定が過去形になりつつあるのは、霧のためだ。これまたいつかの森で出遭ったような、自分の手のひらも見えないような、一面の乳白色。


「ゲンコツちゃーん、爺やー、そこにいるぅ?」

「いるッス!」「ここに。」


 昨夜、船室の窓を開けて寝たせいで、部屋の中でもベッドの下の床さえおぼつかない。

「爺やの寝室は別だったよね。どうやって来たの?」


「間取りは記憶しています。呼ばれれば参上します。」

 この人も、なかなか只者じゃない。意外にも謎な人だ。


 それにしてもこの霧。森と同じなら、昼には晴れるはずだけれど。晴れなかったらどうしよう。待っているしかないのかしら。


「さあ、我々にはどうにも。水夫たちに任せるしか、しょうがないでしょう。」


 寝ぼけ頭が真っ白な世界のなかで一向に冴えてこないから曖昧なんだけれど、その上、海のせいですごくわかりにくいのだけれども、なんだかわたしたちの船は、すごく沢山の人の群れの中に進んで行っている気配がする。


 ハーさんに相談しにいきたい、と爺やに言ってみても、「足を踏み外して海に落ちては大変です、もうすこしお待ち下さい」なんて、頑として受け付けてくれない。

 そう言っている間にも、船は抜き差しならない方向に流されていく。爺やは、わたしの気配はわかるくせに、他人の何の気配でもわかるわけではないらしい、もどかしい。


 ゲンコツちゃんは「ジブンの目が見えなくなったんじゃないんスよね、治り…戻りますよね!」とパニック状態。その心配は、わたしはしなかったなぁ。そうだ、森の霧の時はヤクタが手を繋いでくれたから怖くなかったんだ。

 ならば、ここはわたしがゲンコツちゃんを落ち着かせてあげる番だ! どうしよう、手を繋いであげれば良いのかな?



「師よ!おわしますか!」


 いろいろ考えて迷っている間に、外からよく知っているどら声と、ぼんやりオレンジ色の松明(たいまつ)の光が近づいてきた。

「ハー様!」 「あら、おはよう。」


 ゲンコツちゃんが危なっかしくも反射的に飛び出す。うーん、やっぱり、わたしよりオトコか。いいなぁ、アレ。恋。ハーさんの良さはわからないけれど。

 こんな時だけどほのぼのニヤニヤしていると、そのハーさんがゲンコツちゃんを抱えて近づいてきた。


「船員たちが申すには、この霧でよくわからないが巨大な岩礁か何かのなかに流されている。最悪、座礁のおそれもあるので注意されたい、と。…の、ことでしたが……」


「そんなわけないし。ハーさん、わからない? かなり近づいてきたから、もう間違いないよ。人の気配、でっかい船がたくさんだよ。まあ、当たらないように気をつけてぇ、って船員さんにお願いするしかないのは変わらないけれど、さ。」



 すこし、霧が薄くなってきた気がする。と同時に、目の前にそそり立つ壁のような影が現れる。

 ハーさんは気配を感じ取ろうとしているのか、変な唸り声を出しているけれど、ちょっと静かにして。何か、話し声も聞こえてきてるんじゃない?


「……Indannat…… x’ċpar!……」


ちょっと、ちょっと、あれ、オーク族の言葉じゃない? ひょっとして、敵の軍船?




9月から始めたので、もう半年になりました。大筋では予定通り、3分の2程度の道のりです。まだまだよろしくお願いします。


ところで、♪世界を見ようと~ のくだりは、 ~海軍に入ったが~ といううろ覚えの昔の西洋の海軍の歌のパクリです。まあ、罪にはならないのではないでしょうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ