123 聖女 2
旅を海路にルート変更するため、資金の問題を解決しようと、聖女の祝福を海の民に与える必要ができた。ので、祝福ってどうやるの、と武神様に意見を求めたアイシャ。
その相談は問題なくできたが、雑談のなかで“聖女”の仕組みに神はノータッチであること、どちらかというと聖女の有資格者はヤクタであった会話が周囲の人々にまで響いてしまったかもしれない。
別に聖女になりたかったわけではないが、皆から持ち上げられて自分でもその気になってきて、肩書を利用しまくってさあこれから、というところで登っていたハシゴを崩されるかのような出来事。さすがのアイシャも平静ではいられなくなっていた。
が。
――――――――――――――――――――――
「ジブンには難しい話ッしたが、アイシャちゃんが超聖女なのを保証してもらったんスよね?」
「あのでっかい姉ちゃんが大聖女で、アイシャちゃんが超聖女ってことだよナ? スゲー! 考えてみれば聖女の身分を作ったのが人間なのは当たり前だから、神様にとっちゃそんなモンかもな。」
「聖女様を疑う口さがない輩はおりましたが、こうして神の息吹に触れられるばかりか、聖女様を神がお認めになられた歴史的証人にまでなれるとは……」
あらら、みんな、そんな感じ? てっきり、ニセモノ、嘘つきって言われるかと思ってたのに。これは、もともと自分でもちょっと後ろ暗い気がしてたからかも。でも、よかったみたいだから、よかった。
おや、ハーさんにアーラマンちゃん、その他大勢が走ってきた。
「聖下! あの御声は、牛神様の!」「ありがたや!」「なんと、我らごときにもったいない…」
すごく喜んでる。そんなに?ってくらい。
けっこう遠くまで聞こえてたみたいだ。とんだ目立ちたがり屋さんじゃないか、武神様。あ、まだ牛神様と武神様は曖昧にごまかしておこう、ややこしいから。あと、聖下は止めてくれないかな。なんだかモニョモニョする。
――――――――――――――――――――――
その日の夜、“祝福を与える儀式”は熱狂に包まれた。
最初の話では「船を祝福する」はずだったのだが、先だっての奇跡の演出により港の住人の期待値は跳ね上がり、運賃は無料のうえ多額のお布施もいただき、「町に祝福を与える儀式」へといつの間にか変わっていた。
「吊るされないからねっ!」と念押ししたアイシャだが、ハーフェイズたちは要領を得ない顔をしていて、どうも遠くでは“神の声”はくぐもって、ぼんやりとしか聞こえていなかったようだ。
舞台は、港を見下ろす灯台。ニ階建ての家程度の高さで、屋根もなく、普段は松明を燃やす台の上で、打ち合わせどおり、アイシャとゲンコツちゃんがアーラーマンから十字架を受け取る。
繰り返しになるが、アイシャの腕力はないので、技で放り投げたりはできても、持ち上げて保持することはできない。が、十字架は木製で見た目ほど重くないため、主にゲンコツちゃんの腕力で掲げることができる。
詰めかけた群衆は陸に、桟橋に収まらず、大小さまざまの船が灯台を囲んで海面を埋める。夜の海だというのに泳いで待っている者までいる。
当のアイシャを含めて、皆が固唾をのんで見守るなか、十字架が虹色の光を放つ。光は空の雲をも華麗に照らし、海までも色とりどりの花畑のように染める。
「港町を祝福し申し上げます!」
不思議の光景に茫然の空気のなか、アイシャとゲンコツちゃんが精一杯の声を張り上げると、月に届くかと思うほどの大歓声が鳴り響いた。
*
「キレイに光っただけで、意味はないと思うよ?」
アイシャたちを乗せる船は、昨夜の様子の影響で、安く古い小さめの中型船からVIP用の立派な大きめの中型船に変更され、夜を徹した荷物の詰替作業の後、翌日の昼に出港した。草ちゃんたち、馬も小さい船の上では具合悪そうにしていたものだが、この立派な船ならくつろいでいられるのを見て、上記のアイシャの本音は自主的に封印された。
出港は昨夜の熱気を残してにぎやかに見送られ、なおもついてくる見送りの船たちに囲まれて一大船団のようになっている。なんとまぁ、と呆れるアイシャだが、これだけ周りにも船がいたら、万一、この船がひっくり返っても誰か助けてくれるだろうから安心だ、と失礼めいたことも考えている。
港では例の重たい一張羅の聖女服を着ていたが、あれもそろそろ汚れてきて、ちょっと臭う気がしないでもないので、船が沖に出た辺りで軽やかな夏の平服姿になった。
この際だから洗濯したいとも思ったが、海の水は飲用はおろか洗濯にも使えないと知ってひとしきりブーたれるアイシャ。川下りをしたアルタリ河の茶色い水は飲みたいと思わなかったが、洗濯には使えた。現地人はあの水を沸かして半日置いて、上澄みを気合で飲むと聞いた。
試しに、海水を桶に一杯、爺やに汲んでもらって観察する。やはり、川や池の水より生命の気配がねっとりと濃く、見慣れない感じがして飲む気にならない。
飲み水は港で汲み置いた真水と、傷みにくいということでビールなどもたくさん積まれている。が、遠洋に出るならともかく、岸づたいに港に寄りながらの航路になるので心配の必要は少ない。酒類は団員の趣味だ。実はアイシャも嫌いではない。(酒にも生命の気配が濃いものもあるが、それはよく見るかわいいヤツなので気にしていない。)
この海路は天候や風に恵まれれば2日、恵まれなければ速度が出なかったり、中継港から出られなかったりで数日余計にかかる予定。今回は無料で送ってもらえているので時間は構わないが、祝福してみせた手前、なるべく良い結果に治まってもらいたい。
現状、海は凪いでいて風向きも良好、聖女様の祝福の効果だと船員たちには高評価をいただいている。武神様が役に立つかはわからないけれども、この調子でお願いしたい。
どこまでも青い空と海を眺めながら、ただぼんやりとしているアイシャだった。