122 祝福
アイシャとしてはゲンコツちゃんとは仲良くしたいと思っているが、いかんせんアイシャにとっては甘やかされるか敬遠されるかが主な人間関係の姿であり、器用なテクニックがない。
一方、ゲンコツちゃん側からのアイシャの印象は、限りなく悪かった。周囲に媚びまくって、満ち足りた幼児の全能感そのままに生きている悪女。二度目に会ったときには聖女様だと、尊敬するハーフェイズからさえ崇められながら、恐縮する素振りすらない。
そのうえ、当のハーフェイズから「考えが及ばなかったことだが、聖女様のお世話係の女性が軍団の中にいない。これはマズイので、申し訳ないが、シーちゃんがアイシャ様の身の回りの世話をしてくれないか。」ときたものだ。
神の子と、神の使徒と、偉いのはどちらだろう。憤りはあれど、いまのが依頼の形の命令であることは体育会的に明らかだ。
最初の野営地での食事の準備等は「わたしもやるよー、一緒にしようよ―」とアイシャが寄ってくるのを「ジブンの仕事ですから」と振り払った。
気持ちに変化が出たのは、船旅の2日目のことだ。
「ヒマなうちに肌着の洗濯しますから、ついでに聖女様も着っぱなしのやつ出してください。」
「ホント? ごめんね、お願いするよ。ありがとー。」
それでいったいどんな男を惑わすエグいのが出てくるかと思えば、一生の大半を共に過ごしてきたようなヨレヨレでヒロヒロのボロパンツを渡されて、何故だか「あ、この娘、何もわからずに祭り上げられてるだけの、ちょっとかわいそうな子供なんだ」と思った。そういえば、孤児だって自分で言ってたな。
それだけ、といえばそれだけだが、直感を大事にしてひらめきで動くことを自分に課している武人肌の彼女にとっては十分でもあった。
以後、いくらかの言葉を交わして「アイシャちゃん」「ゲンコツちゃん」で呼び合うことでお互いに納得した。ゲンコツちゃんと呼ばれるのは、たとえ顔面が由来だとしても強そうだから気に入っているのだ。
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「まあ、ゲンコツちゃんはハーさんの予約がついてるから、やめときなね。」
「お、おぅ。」
ジュニアとのお話しと、回想はお仕舞い。再び海に目を向ける。
急に思い出したけれど、この国の富裕層は“水着”という半裸の衣装で、海で水遊びを楽しむらしい。でも、見た感じそんなことをしている人はいない。浜も、岩っぽくて遊びにくそうだ。
どうやらここで長逗留はしないな。つまんない。横でジュニアが海遊びの楽しさを語っているのかな? どうにも耳に入ってこない。
そうしていると、ロスタム爺やが知らせをもってやって来た。
「予定を変更して、海路で目的地まで徒歩7日の港へ移動することになりました。
いやあ、海の船賃は河より何倍も高価になるので予定しておりませんでしたが、船員どもの案内の不手際の償い金と、聖女様・神の子様の祝福を海用の船に与えていただけるなら格安で、となりました。お手間をおかけしますが、どうかお願いします!」
「私と、ゲンコツちゃんで?祝福?を与える?どういうこと?なにをしろっていうの?」
特に何も考えず言っちゃったけど、爺やとゲンコツちゃんはポッカーンとしてる。あ、聖女を名乗ってるんだから知ってなきゃいけなかったのかも。マズった?
危ないところでフォローしてくれるのは、だいたい事情を知ってるジュニアだ。助かります。1聖ポイントあげる。
「超・聖女の祝福なんて、何もまだ決まってないんだから好きにしたらいいさ。2人で何か適当にやりなよ。」
いや、だからそもそも適当ななにかの見当もつかないんだって。困る。そんな適当なことを言う奴は2聖ポイント減点だ。…ゲンコツちゃんは祝福とか、やったことある?
「新年会の厄除けの演武とか……。」
いいじゃん。それ、2人でできない?
「6才児がやるやつだから、ちょっともう、今は…」
あら、そういうの? そういえば、ヤーンスの町のお祭りでもお祈りの舞をやらされたことがあったわ。あれ、何のお祈りだったかしら。もう忘れたよ、どうしよう。困った。
「武神様、武神様。祝福って何をやったらいいの?」
奥の手だ。こんな時くらい、役に立ってもらおう。大事にとっておいた会話券を使っちゃう。
[…唐突だな、超聖女よ。ククク、ウハハハハ! 超・聖女か、面白すぎるぞ、アイシャ。]
空に呼びかけると、あまり間をおかず声がどこからか湧いてきた。ゲンコツちゃん、ロスタム爺や、ジュニアもビックリしてる。あ、これ、周りの人にも聞こえてるの? あと、聖女はあなたのせいだ、笑うな。
[聖女だ何だは塔より後にできた身分だからな、俺は知らん。
…祝福なぁ。あの磔刑台があったろ。お前がアレを触ったら光るようにしてやろう。それで十分ありがたい感じだろ。いや、待て、違う。アイシャ、アレに吊るされろ。そうしたらめちゃめちゃ光らせてやろう。きっと面白いぞ。]
「イヤよ!そんなの。十字架が光るだけでお願いします。あ、でもアレをさわるだけで済むならよかった、わたしでも上手くやれそうです。ありがとうございます、次はまた15日後からでしたよね。」
[おい、15日なのは巫女の才能があるヤクタが隣にいるからだ。いなけりゃ、最初に言った通りの30日だぞ。]
「そうでした。しつれ……ややや、やっぱりヤクタが野生の聖女だったんじゃないですか!?」
[だから、俺は聖女なんて知らんよ。ヤクタには塔に残って働く気がないか聞いてみたが、断られたな。しかしアイシャがスーパー聖女だというなら俺が保証してやるぞ。]
「めっちゃヤクタが聖女じゃないの……いまさら……最初に聞いておけばよかった……わたし、ニセモノ?」
途方に暮れて座り込んでいる間にも、神の気配は去っていってしまう。どうしよう、頭が真っ白で何も考えられない。顔を伏せていると、後ろから肩に触れられてビクッと体が跳ね上がる。
「聖女さま、お加減が悪いのですか? 今の、私ども、聞いてもよかったのでしょうか?」
ロスタム爺、まだわたしを聖女と呼んでくれるの?
(下着談議)
「新品の真っ白でパリッとピチッとした肌着を着たら、気持ちもビシッと引き締まって何でも上手くいくと思いま…思うッスよ?」
「いやいや、もう布目も全部つぶれて肌との境目がわからなくなるくらい柔っこく馴染んだゆるいのが最高だって。硬い下着とかベルトは、肌が痒くなって困るのよ。」
「アイシャちゃん、武神流の使徒なのに?」
「うん。困ってる。」