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121 河から海へ


 ワスーカ湊では長時間の滞在は無し、夕刻に出港して翌朝には中継地点に到着の予定。

 アイシャの仕事も特に無し。周囲からお世話されながら、言われるままに右へ左へ移動するだけ。しかしこれは、避けたいところの判断や意思をあずけて流されている状態ではなく、かつてヤクタが言った「打てる手は打って、待ちのターン」だと考えているので、鷹揚に、“いい感じ”に対応していく。


 彼女が育ったヤーンスの町では“聖女様”を敬愛する意識は薄かった。ので、その当人として扱われている今でも、いまいちコトの軽重に疎いままだ。が、十字軍の団員に後ろからこっそり拝まれていたり、船に荷物を積んでいく水夫に手を振ってあげたら叫びだす勢いで喜ばれたりして、なんとなく王都界隈で“聖女様”ブランドの強さを感じつつある。

 これについては、聖女の指名を受けたのがまだ7日前、いちいち断りきれず聖女扱いもやむなしと覚悟したのが一昨日の昼というスピード感のせいもあるので、一概にアイシャがのんきなせいだとは言えない。



 ともあれ、慌ただしく十字軍を乗せた船は出港した。


 軍船ではない。中型の交易船で、絵で見たような高さ・深さがある海船ともちがう、底が浅い川舟。そこに貨物のかわりに団員をわりとキチキチに載せて、その荷物と馬が3頭、船員が数名。「こんなに載せて、浮くの?沈まない?」と思わず口に出るほど頼りない船だが、いきさつを思えば贅沢もいえない。

 せめて、いちばん目立つところでアーラ―マンに例の十字架を掲げさせることで、それなりの見栄えを確保したつもりのアイシャだった。


 やがて日も暮れ、本格的に寝るほか出来ることがなくなる。船室はいちばん上等な船長室を女2人に貸してもらって、船長はどこか適当なところで寝ると言っていた。自分のベッドを聖女さまに貸せることを喜んでいたようだが、そうと聞かされるとちょっと気味が悪い。

 ベッドはゲンコツちゃんにあげて、甲板に出て川風を浴びながらぼんやりしていると、不意に騒々しい気配が沸き起こる。


「賊だ! 河賊が出たぞ!」



 交易路に山賊や海賊が出るのは、望ましいことではないが普通に起こることだ。仕方がないので相手せざるを得ないが、通常、賊側も商人側もなるべく大事件になりすぎないように気を払って交渉する。

 いつもの道にどうせ賊が出るなら、いちいち意地になって追い払うより、話がわかる賊がいるほうがむしろ治安が良い。討伐した跡にヤクタみたいなタチの悪い浮浪の賊が新しく現れるほうがリスクだ。通行料を払うだけなら国や領主貴族の関所と変わらない。


 この河賊も、これだけ国営の港の近くに出没するくらいだから、船長とも顔なじみ。昼間はカタギの水運業者・夜は他所の食い詰め賊が入り込まないようにする自警団的な奴らなんだってさ。

 そのような説明を船長から受けたのは、ハーフェイズ・アーラーマン・オミードの十字軍3トップがそれぞれの両手でまさに賊2人ずつの首をねじ切ろうとしていた時だった。


 説得を受けて渋々、巨漢たちが6人の男を甲板に転がす。アーラーマンの左手で殺されかけていた地味な小男が、河賊の頭目だったらしい。3人で何かの賭けをしていたらしく、勝ったらしいアーラーマンの狂喜を負けた2人が苦笑いで流している。



「まさか、聖女様の船を襲おうなんて大それた真似をしていようとは……このとおり、平にご容赦ください!」

 松明の光に照らされる、土下座する40人の河賊。こちらの船長には、松明の火の粉のほうが気がかりのようだが。

 こんな人たちにも聖女様ブランドが通用するってスゴイことだね。呆れつつも、こうなっては許すほかの選択肢もない。しかし、アイシャにはひらめくものがあった。騒ぎを聞きつけ、いまごろ倉庫の狭い船室からぞろぞろ現れた団員たちが腰や肩を辛そうにしているのを見て、


「許しますけれど、あなたたちの船もお貸しなさい。うちの船、ちょっと手狭なので。」


 河賊の船のほうが大きくて立派だ。こちらの船長にはちょっと不義理かもしれないけれども、あっちがいい。

 そんな素朴なアイディアから、二艘の船が繋がれて広々としたスペースが確保された。そして、我らが船に聖女様の十字軍をお迎えする!とテンションが上った賊たちにより、酒や食物も供出されて、河賊の宴が始まる。


 …宴は2日2晩続いて、気がついた時には予定の中継地点を遥かに過ぎて、船団は海にまで到達していた。




「思い出したよ。そんなだった、それで海に来ちゃったんだ。で、ジュニアはあんまり顔見なかったけれど、どうしてたの?」


「ゲンコツちゃんにちょっかい出そうとしたのを鬼瓦に見つかって、船倉に縛り付けられてたさ。」


 鬼瓦とは誰のことか。おそらく、誰彼の区別をつけずにあの辺のごっつい男を総称しているようだ。この国では屋根の四方に取り付ける悪魔祓いの鬼の石像(ガーゴイル)を外国風に、そう呼ぶことがある。

 それは別に構わないけれど、ゲンコツちゃんに手を出そうとしたんだ、わたしじゃなくて。この男は…。アイシャは理不尽な怒りを抱く。が、こうも思う。ゲンコツちゃんは、あれで結構いい女だ。この船旅で、打ち解けたとはまだいえないまでも、少しずつ仲良くなってきている。



 アイシャとゲンコツちゃんはそもそも価値観が合わない。

 完全な男社会で生きてきたゲンコツちゃんは、野郎どものなかで裸で水浴びするくらいは普通、なんならオナラくらいは男より激しく音を立てなければ負けだ!くらいの勢いで生きている。ゲンコツちゃんパパの病弱は心労のためなのかもしれない。

 ユースフ父は仕事柄、女性的感覚を大事にしていたので父子家庭育ちとはいえアイシャは男性原理に疎い。上品とまでは言いかねるが、下品な感じは父からも、自分でも戒めるところだ。


 カーレン仕込み・とっておきの“占いの話”も、ゲンコツちゃんのイチオシは “おもかる(重軽)石うらない”、岩を担いで軽く感じれば願いが叶うという武神流まがいの力技だった。一緒に楽しくやろう! という性質のものではない。


 そんな対象的な2人が多少なりとも気持ちが通じるようになってきたのには、次のようなわけがあった。


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