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12 王子


 やがて、サディク王子が再び大声を発する。

「武神流の剣士・アイシャ。此度の働き、殊勝である!」

 それを受けて、ファリスが近寄ってきて、ささやく。


「アイシャ。そういうことで、殿下からお褒めの言葉を頂いた。報奨は、ひとまず金20枚。あの姉とやらは…どこに失せたやら知らんが、分けて受け取ってくれ。戦が終わってから追加の報酬もあるので、ひとまずは納得してほしい。」

「ヤクタは、いちばん良い剣だけで金100枚になるって()った……」

「わかってる。わかってるから。今は作戦行動中だから、我が名にかけて、信じて待ってくれ。いずれ領都に使いを出すが、王都のウチの屋敷を訪ねてくれてもいい。それで、だ。

 殿下からは悪人退治のことを褒められたから、“ありがとうございます、今後も王国のために励みます”みたいにアイシャがお礼を言っていたと言上するが、良いか。」


 先ほどからの茶番のような儀礼に、お高くとまってらぁ、と楽しくない気分でいたアイシャだったが、なるほど、難しい言葉遣いが出来ない子のための仕組みだったのかと理解して…それでも、楽しくはないのだが。


「そういう感じなんですね…いいです、それで。まだお辞儀してなきゃダメですか。」

「あとちょっとだ。5分だけ、我慢して。」

「5分…あ、そうだ、森から誰かが狙ってるみたいだから気をつけてくださいね。ヤクタは向かいの茂みに隠れてるから関係ないですよ。さすがだなぁ。」

「なにッ……わかった、もう少しだけ、待ってくれ。」



 ファリスは話すべきことを話して、王子のもとに戻り、いま言ったようなことを向こうで話している。

 ここからでも話せる程度の距離なのになぁ、王子様の声は普通に聞こえてるし。ずっとお辞儀してる腰と背中がしんどくなってきた。などとアイシャが考えている間に、サディク王子のカラッとした声が響いた。


「オーク族のへろへろ矢がここまで届くものか、気にするな。アイシャ、面を上げて顔を見せよ。直答も許す。」

 言いながら馬を降りて、ズカズカという表現がよく似合う調子で歩いてくる。


 やれやれ、と口にはしないが、腰を伸ばしたアイシャと王子が正対する。

 王子は頭2つ分ほど背が高く、男らしく濃い、整った顔立ちから瑠璃色の目を細めてまっすぐにアイシャの目を見る。蜂蜜色の髪は肩までの長さで風に流れ、豪華な衣装ともよく似合い、(アイシャには馴染みがないが)役者といったほうが似つかわしく思える、そんな外見だ。

 ポカンとしているアイシャに微笑みかけたのか、間抜けた表情に笑ってしまったのか、笑みを浮かべるサディク王子に対して先に言葉を発したのは、アイシャだ。


「失礼します。」


 背後の森から焚き木が()ぜるような、隣家の親父が奥さんにぶん殴られて床に倒れたときのような小さくない音が鳴った瞬間、アイシャの全身の感覚が危険を知らせる悲鳴を上げ、反射的に腰に下げていた四世ずんばり丸を鞘ごと掲げ、迫る“危険”の行く手を阻む。

 次の瞬間、ずんばり丸は鞘ごと、刀身も砕け散った!


「ひゃんっ!」

 想定外の種類の衝撃を受けたアイシャは倒れて地面を転がり、周囲の大人たちは呆然と砕けた剣を眺める。一足早く“危険”の正体に気づいた若い巨漢・ボルナが叫ぶ。


「銃だ!」


 周囲の騎士たちが血相を変えて王子を囲み、守る。それに先立って、森の近くの茂みから投げナイフが森に向かって投擲されるのを、アイシャの目は捉えた。おそらく、いや、確実に、ヤクタが暗殺者に向けて放ったものだ。

 森の中の危険の気配が消滅したことを察知したアイシャは、ヤクタに感謝して手を振る。今までヤクタに対しては冷やかし半分で接していたが、今回は本気の感謝だ。


「お姉ちゃーん!」

「おーぅ!」


 ヤクタも手を振り返して、森へ駆けて行く。

「彼女もただ者ではありませなんだな。おみそれしました。まさか、これを察知して伏せさせておくとは、個の剣術に納まらぬ兵法の極意を拝見しました。」

 ヤザン爺やが大袈裟に感心するなか、アイシャは砕けた剣を手にしてべそを浮かべている。


「折れちゃった、ぐすっ。…あれって、鉄の小石が飛んできましたけど、銃?って? 何ですか。」


「あ、あぁ。銃は、オーク族の魔術らしいです。鉄ではなく鉛の玉。それを毒と混ぜて鉄の筒から弩のように打ち出す邪法で、傷口が腐りやすくて矢よりもタチが悪い! なんとしても滅さねばならん!」

「だから爺やは古い! あれは兵器だ。我が軍も学んで、よろしく活用すべきだ!」

「誰が貴様の爺やなものか、ボルナ! あんな物を使う暇があったら、体を鍛えろ、弓を引け!」


 おっと、面倒なやつだ。言い争う2人の間から抜け出そうとしたとき、ヤクタが森の中から出てきた。

「いやぁ、惜しかった。射手は仕留めたが、道具は持ち去られた後だった。油断ならねぇな。」

 聞かれてもいないことをペラペラ喋る。そんな気配はなかったのだけれども? と疑いの視線を向けるアイシャを返す視線で制し、「残念、残念」とうそぶく。


 ざわついた微妙な空気のなか、動いたのは王子だ。

「沈まれ、皆、落ち着け。各々、思うところもあろうが、余は彼女らによって暗殺者の魔弾から救われた。まずは、あらてめて礼を述べねばならぬ。」



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