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挿話 テマリちゃん

【30 アイシャと馴染みの町】の回想に出てきた、糸屋のお姫様の侍女・手毬(テマリ)ちゃんの話です。


 えーっと、わたしは、刺繍屋の娘、ニルミンです。でも、テマリって読んでください。大好きな友達がつけてくれた名前なんです。アー姉ちゃんっていって、昔、何年かだけヤーンスの町に住んでたときに…

 あ、こんな話いらないですよね。


 …え、そうなんですか、べフランさん。じゃあ、お(ハナシ)しちゃいますね。ひさしぶりだなぁ、姫様のこと話せるの。時間がかかりますけど、大丈夫ですか?フフ、アンタがアーちゃんのこと話し出すと日が暮れるから、ってお母さんもラナ姉も聞いてくれないんですよ。



 姫様、アー姉ちゃん、糸屋のユースフさん家のアーイシャちゃんは、わたしより3つ年上で、初めて会ったのはもう5年前かな。今、わたしが11歳ですから、そのとき6歳でしたね。姫様は9歳だったのかな。小柄だったから、1コ上くらいだと思ってたんですよ。


 その頃はわたしもちっちゃくて、太ってて。今はもうこんなんですけれど。町の子ども達にいじめられていたところを、のんびり歩いてきた姫様が、他の子に何を言うでもなくわたしの頭をなでて「あらかわいい」って。それだけで、ほかの子ども達はバツが悪そうに帰っていって。それが出会いです。

 お人形さんでも、あんなにきれいな顔はまだ見たことがないです。髪がサラサラで、翡翠(ひすい)色の目はいつも夢を見ているような、わたしを見ているときでもすこし内側を見ているようだったり、わたしの目に写ったどこかの風景を見ているようだったり。なんていうか、超然?としていて。



 それから、もうすっかり姫様に夢中になって、お家の手伝いの時間以外はずっと姫様について回ってました。不思議に、見ていると危なっかしくて、わたしが守らなきゃ、って。

 町の男の子だけでなく女の子も、アーイシャちゃんに手を出さない、変なことを教えない、って同盟が自然にできてたみたいで、みんなすこし遠巻きに見守っていて。大事にされていましたけれど、姫様はいつも寂しそうではありましたね。それで、よそ者のわたしがお世話してあげないと、って思ってたんです。


 姫様がいちばん嬉しそうにしていたのは、ユースフさんから外国土産の日傘をもらったときでした。手習いの先生の本ではお姫様に侍女が日傘をさしかける絵が描いてあったから、「わたしが姫様の侍女ね」って、傘を指してあげて、一緒に気取った感じで街を歩いたのが一番楽しかった思い出。

 町の子ども達は羨ましそうに、大人達も宝物を見るみたいに見てくれたのが嬉しかったなぁ。あの頃のわたしは我ながらブサイクで、いろいろ()ねてたんですけれど、姫様が「可愛い可愛い手毬ちゃん」って毎日言ってくれて、今でもそれを思い返しながら生きてます。



 ヤーンスの町には2年もいられなくて、親の都合で引っ越ししてお別れになっちゃったんですけれど、本当に姫様の侍女にしてと泣き叫ぶわたしに「大人になったら会いに行くから、また一緒に遊ぼうね」って言ってもらえて、そのときに褒めてもらえるように、ずっと頑張ってるんです。

 “わたし”っていう独特のイントネーションとか、いちいち“けれども”って丁寧に言うところとか、真似してるんですよ。フフ。


 それでベフランさん、姫様の話が聞きたいって、いったい何があったんですか? あぁ、14歳になった姫様、キレイだろうなぁ。ですよね、教えてくだ……あ、逃げないで、なんで?どうして?教えて!ねえ、姫様は!姫様を!姫様ぁ!



 わたしには年齢の離れた姉がひとりいます。ラナ姉。家の仕事の刺繍との相性がさっぱりで、小さい頃から男の子に混じって騎士ごっこ、冒険者ごっこで小チャンピオンの名を欲しいままにしていたと聞いています。

 この姉は、わたしたちが王都に引っ越してから、冒険者になると血迷ったことをぬかしまして、わたしに家の仕事を押し付けて毎日ブラブラしてました。ある日、ケンカを売った男冒険者たちにボコボコに()転がされているところをチャリパさんという超でっかい女冒険者さんに助けてもらって、それから冒険者ギルドの職員に目標を変えて。


 ラナ姉は勉強なんか絶対にしないくせに読み書き計算は誰よりも得意、しかも美人という理不尽の塊みたいな人なので、難なくギルド本部の受付嬢に就職してしまいました。なお、そのチャリパさんから「妹が手毬なら、蹴り転がされてたお前は蹴鞠だな」と言われてから、本当にケマリを名前にしてしまいました。惚れっぽいのは姉妹の似たところかもしれませんが、姫様のほうが絶対、ランク高いから。



 そんなこんなで、不審者相手に姫様の話をしてから悲しみのあまり体調を崩していたところに、ふだん滅多に家に寄り付かなくなっていた姉がフラッと帰ってきて、「ヤーンスの町のアーちゃん姫様って、名前、アイシャだったっけ?」と不敬罪に値するようなことを聞いてきました。

 本当はアーイシャだけれど、愛称みたいなものでユースフさんやライさんも含めて、みんなアイシャと呼んでいます。


「チャリパお母さんがさ、武神姫アイシャっていう緑の目の、すっごいカワイイちっちゃい女の子を連れてきて。サディク王子様の救い主で恋人で、ウワサの神の子の友達で、姫様だ、って言うんだ。まさかとは思うけど、私はそのアーイシャちゃん見てなかったからさ。」


 本当にまさかの話で、姫様は走れば転ぶ、驚けば腰を抜かす、小石を投げれば自分の足に当てて痛がるといった人で、神がかった不器用ではあっても「武」の一字には全く無縁でした。まさか、この3年で変わったとも思えません。


 そう言うと「そうだよな。ま、新しいウワサが入ったら話聞かせてよ」と、用向きはそれだけだって帰ってしまいました。でも、外見の特徴はまさに姫様。

 この日から、わたしの日課に王都を散策して姫様を探す仕事が増えました。とはいえ、病み上がりの11歳にできることは少なく、数日後。


「こないだの武神姫アイシャちゃん、やっぱりヤーンスの糸屋のアイシャだったわ。しかもウワサの新・大聖女だって! スゴイよな。それだけ教えに来た。山盛り仕事があるから、じゃあな!」

 あ、逃げないで、なんで?どうして?教えて!ねえ、姫様は!姫様を!姫様ぁ!



 わたし一人でギルドに問い詰めに行くには親の許可が出ず、親の付き添いを頼むにはもう数日仕事の都合をつけなきゃいけないと、やきもきしながら待っていたら、また姉が帰ってきた。


「明日、アイシャ姫様が兵隊を率いて戦争に行くってさ。スっゴイよな。見送りに行くなら、送っていくけど?」




「姫しゃまー! 姫しゃまぁー!!」


 気づいてくれるでしょうか。別れてから、背丈ばっかり伸びて全体的には痩せた感じになって、もう手毬って感じじゃなくなったけれど、わたしはずっとテマリです。

 姫さま、ものすごい刺繍が入ったきれいな服を着て、たくさんの男の人にかしずかれて、本当のお姫様になったんだ。わたしなんて、もう相手してもらえないかも?


 あ、手を振ってくれる? 違う、あれは、あの時の日傘! 姫様、気づいてくれた!

 もし、いま自分が大人だったらお世話するためについていけるのに!子供なんてつまらない、早く大人になりたい!なって、姫様のお役に立ちたい!


 急いで、大人になるから…待ってて……姫様………






アイシャのマショーに絡めとられていた犠牲者がここにもひとり。

本編にこの子を入れたいとすごく迷いましたが、どうにも出番が作れなくてこういう登場になりました。

再登場はできるでしょうか。


毎日更新まつりはひとまずここまでで、次回19日更新から隔日体制に戻ります。

旅路とアクション編です。よろしくお願いします。


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