118 行軍
今朝まで、この敷地には立派な屋敷がそびえ立っていた。正午をすこし過ぎたいま、そこは更地に戻ろうとしている。建具や石材は地べたに並べられ、勝手に業者へ引き取られようとしている。
「賊どもは逃げ散っておりましたが、まあ、ここまでやれば我らの恐ろしさが骨身にしみたことでしょう。首魁は志士ザンドなどと自称しておったようですが、以後はコソコソ逃げたザコと呼ばれること間違いなし。」
愉快そうに大笑する“天剣”。そろそろ“地獄剣”に二つ名が逆戻りするかもしれない。屋敷を瓦礫にするどころか、礎石に至るまで売り払ってしまうのだから天災よりもねちっこくて怖い。
とにかく「血祭り」は無血のままで終わった。
――――――――――――――――――――――
カーレンママの息子たちが一生懸命仕分けた物資もきれいに揃って、血祭りで“寄進”されたお金は義勇兵にひとり金貨1枚ずつ、当座のお小遣いとして分配された。昼食を済ませ、士気は十分。料理班の後片付けを待って、いよいよ出発だ。
その待ち時間、いつもの二人とのしばしの別れを惜しむ。ゲンコツちゃんや他のみんなも気を利かせて、わたしたちをちょっと遠くにいさせてくれている。
「今は調理の焚き火も廃材があったから良かったけれど、この先はそんなことも大変になるよね。」
「なんか、たいそうな肖像画も焼いてたぞ。売れなかったんかね。」
「額縁は売れたみたいだからぁ…。それはそうとアイちゃん、あんまり観光できなかったと思うけど、王都はどうだった?」
お天気は快晴、空はどこまでも高く、真昼の日差しはジリジリと照りつける。戦地に着くころは真夏になっているかもしれない。
さっきからチラチラまぶしいのは何かと思ったら、遠くに見える太陽の塔だ。うるさい。
昼食は、この先あまり食べられなくなる、新鮮な肉野菜炒めを乗せたお米のピラフ。味付けは塩と油と素材の味。素材の味があるだけマシだろうか。悪くはなかったけれど、この先が不安になる。
「わたし、生野菜っておいしくもない、金持ち自慢のゲテモノだと思ってたけれど、アレはおいしかったな、ちしゃのサラダ。」
「ちしゃ…最近はレタスって言うのよ。って、そんなこと? 塔の中とか、王宮も見てきたでしょ?」
なんだか不満げな王都っ子シーリンちゃんが素朴な田舎娘の感想を聞きたがっているらしいけれど、残念だね。わたしにも言いたいことはある。
「だって、オークのメレイ将軍さんのテントの中のほうが豪華だったし。テントに負けてるんだよ、この国。ヒトには言えないけれど、本当に勝ってもいいものか迷うところはあるんだよね。帝国主義に素直に呑まれてもよかったりしないかな。」
「確かに、ヒトには言えねぇな。」
「あー…、そういうのは国の威信を懸けた迎賓館も兼ねてるから。まんまと乗せられてるわよアイちゃん。国力で勝てないのは本当だけど。おっちゃんはどう? 」
「森がアタシを呼んでる。」
シーリンちゃん→ヤクタへの呼び方が“おっちゃん”になってる、いつの間にか。これは笑う。ヤクタ、それでいいの? サッちゃん、アッちゃん、おっちゃん、ならいいのかな。でもわたしはやめておこう。なんとなくだけれど。なんとなーく。
「ところでシーリンちゃん、家出はまだ続いてるの?」
「さっきお父さ…ん、には会ったわ。これから馬車を3台と事務員、急ぎで手配してくれるって。まだ、家に帰るまでが家出だからね。まだまだ帰らないよ?」
親不孝娘め。
”お父様”じゃなくて”お父さん”と呼ぶことで貴族と一線を引いてるつもりなんだね。どうでもいいや。
問題の、あっちのハーさんとゲンコツちゃんカップルは計画通り成立するだろうか。わたしからはまだその部分だけ、ハーさんには言ってないのよね。がんばって外堀を埋めていこう。まずは、ゲンコツちゃんと仲良しになる!
*
ラッパの音が響き渡る。ラッパやタイコも寄進の品だ。わたしが仕分けました。
「出発準備!」
知らないうちにハーさん班が組織されているらしい。伝令兵さんが走り回る。
「じゃあな、アイシャ! しっかりキメろよ、コマしていけ!」
ヤクタがガッシと肩をたたいて励ましてくれる。コマし?
「すぐに追いかけていくから、アイちゃんもなるべくスムーズに進むように、寄り道しないで、よろしくね!」
シーリンちゃんも、微妙に信頼されてない感じがするけれど、ここは、わたしからも。
「本当に、急いできてよ! 最悪、2人だけでもいいから! お願いね!」
――――――――――――――――――――――
白昼堂々無法に屋敷をひとつ更地にした無届けの軍勢を、国軍の治安維持部隊が遠巻きに見つめるなか、あらためて草号に乗り、行軍再会の合図とともに進み出すアイシャ。
ここからは歩みを早め、後軍と別れ、夜を徹して王都を出る。
目指すのは東フィロンタ領都に籠もるオーク軍、それに立ち向かうサディク王子軍との合流。予定では長めに見て15日程度の旅路。
急転し続けるアイシャの人生の落ち着く先は、いまだ見えない。
第8話「十字軍」でした。また挿話を挟んで、第9話「海路」に続きます。準備にこんなにかかるとは思いませんでしたが、必要なことだけでずいぶん膨らみました。
初期プロットのメモ書きでは、
~
王都に着いた主人公は弟子たちから姫様師匠と崇められていたが、一旦解散してBの身内に押しかける。なんやかんやで王都に大騒ぎを起こす。結果、王都を脱出し、Bの身内には迷惑をかけることになってしまう。
名誉挽回のためには、侵略者の軍と戦って勲功を積むことがもっとも手っ取り早い。となって、すれ違った増援部隊を追うことに。
~
とだけ書いた部分に68回から118回までかかりましたが、クライマックスに向けて進んではいます。
引き続きよろしくお願いします。