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116 その名も十字軍


 手を振りながら壇を降りたところで、ヤクタが呵呵(カッカッ)と笑いながら肩を抱いてきてくれた。

「オマエってば、事を大きくする天才だな!」

 そうなの?


「よろしくです、の一言でもよかったのよ。盛り上げてくれちゃってぇ。」

 マジですかカーレンちゃん。



 ショックを受けて固まっている間に、大きな包みが運び込まれてきた。何あれ、私は聞いてない。

 ヤクタが受け取って、包みを雑に開いて中身を取り出す。その大女の背丈よりも少し大きい、白木の木材を十字に組んで大小さまざまのターコイズと金細工で飾り付けた、でっかいオブジェ。そういえば、ソルーシュ王子さんが、こんなふうな何かを言っていたような。

 それをそのままヤクタが担いで、壇上に上がる。



「これは、我らがために王家より賜った、義勇軍の象徴だ! 表向き、国の秩序に逆らって出陣する覚悟を示した、磔刑台である! まぁ、ハリツケの刑、要するに死刑台だな! 無様な失敗に終わったら我らが可憐な聖女様がコレに吊るされる! 成功したら、この十字架のキラキラが栄光のシンボルだ。オマエラ、気合い入れろォ!」


「ワッ!」と、天井が抜けそうなほどの勢いでふたたび男たちが拳を振り上げて叫ぶ。

「王子様の命名だ、この義勇軍の名は“十字軍”! 」

 ヤクタがひときわ高くその“キラキラ”を掲げると、喝采はさながら怒号のように響き、天井の(ホコリ)を舞い上げる。

 なんでヤクタがそんな偉そうでカッコいいことになってるの。さすが、“元”が付いても盗賊団のボス。こういう盛り上げは得意なんだろうか。ヤツが「王子様」とだけ連呼しているのも、存在感が薄い第2王子であることをぼかして、王太子アッちゃんの後援だと誤解させるつもりだろう。灰汁(あく)どいもんだよ。


――――――――――――――――――――――


 挨拶も終わり、この100人を先発隊と後遣隊に別け、先発隊はついに出陣する段取りとなる。


 先発隊にはアイシャ、ハーフェイズ、ゲンコツと、六人衆の1・アーラーマン、4・ダーヴド、6・ファルディン、サウレ流のオミードを含む50人。


 それに加え、「あの、“じいや”っぽいお爺ちゃん、先発隊の方にほしい!」とのアイシャのわがままにより、「あのお爺さんは昔の戦争に参加した経験がある下士官だった人だから後発のまとめ役に欲しかったんだけど……」と渋るカーレンとの交渉により、六人衆のダーヴドとの交換で“元軍曹のロスタムじいや・62歳”を獲得。

 他にはちょっとだけ名のある冒険者たちから、勤務態度が真面目な若者や、もと門番や警邏の衛兵、貴族や商家の警備兵などの経験者で、いい年齢(トシ)こいて血気盛んな者たちが選抜されて集まっている。



 かくして、出立の時刻になった。


 100人集められた中の後遣隊に充てられた義勇兵たちは不満を漏らすが、ハーフェイズのひと睨みと「ママをよろしくね」とアイシャがにっこり頭を下げたので、ひとまず不穏な気配は収まった。

 アイシャとしては後遣隊のヤクタ・カーレンがとても心配なのだが、わがままで1人引き抜いていること、2人からは自分のほうが心配されていること、自分でも自分のほうが心配なことで具体的なことを何も言えないまま、結局具体的なことを言えないまま、陣頭のアシュブ号に乗せられる。



 行列は先頭に騎乗の“神の子”ゲンコツ=シーリン、“天剣”ハーフェイズ。そして“姫聖女”アイシャ、その馬の(くつわ)をとるオミード、じいや役に指名されてやる気を出しているロスタム元軍曹。

 その後ろに巨体で十字架の磔刑台を高く掲げるアーラーマン。続いて、48人の義勇兵と荷駄の馬車が続く。


 出陣アピールのため、王都を出るまでは後遣隊も続く。ヤクタと“神の子”ではないことにしたいシーリン=カーレン、武神流六人衆の4人を先頭に、残り46人がやる気に満ち溢れつつ、腕をこまねきながら参加している。

 後遣隊はこの後、外郭都市に潜んで準備が整うのを待ち、しかる(のち)に出陣する予定だ。まとめ役には、義勇兵に応募してきた元将校だというビザン氏に任せることにした。


 義勇兵には退役済みのみならず現役の将兵も多数応募してきたが、政治的な関わりを避けるとほとんど全員が不採用になった。ロスタム老と、このビザン氏は退役後の生活が長いこと、冒険者としての信頼度が十分であることが採用理由だ。

 この2人にはギルドの受付嬢とカーレンとで面接もして、宰相派のスパイとかではないだろうと判断している。



 行列が道場の門を出ると、道には義勇軍の勇姿を一目見ようと群衆が押し寄せている。

 関係者からも、その他からも噂が広まっていたのだろう。誰もが好意的な笑顔を向けてくれてはいるが、冷やかしの野次馬的であることは否めない。



「道を開けよ! 姫聖女様の十字軍のご出立である!」


 アーラーマンが叫び、ハーフェイズの馬が歩を進めると自然に人並みが割れて、道ができる。

 さあ、出発だ。


 アイシャの想像以上に準備には手間がかかり、大掛かりなものになってしまったが、大筋では7日前に立てた計画どおりに進んだ。である以上、この先の“出たとこ勝負”で十字軍を迷子にさせないよう、主導権をしっかり握って目的を達成させていきたい。

 うわぁ、大変なことになっちゃったぞ。心のなかで舌をペロリと出して、ついこぼれそうになる「めんどうくさい」を呑み込んで、馬上のアイシャは背筋を伸ばして前を向く。



 右手は馬の鞍に置いて、左手を高く挙げ、いま教えられたとおりに号令を出す。

「十字軍、出陣!」


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