11 行儀見習い候補生
「…お若いお嬢さん方には、34歳はジジイかもしれませんな。恐縮ですが、もう一度そちらからもお名乗りいただけませんか。」
「あ、アイシャです。14歳、父は、町の糸屋さんです。こちらはヤクタ、19歳?だよね、うん。19歳です。もと盗賊でしたが、降参したから、今はわたしの家来です。」
「オマエ! アタシにだけタメ口だと思ってたら、そういうつもりだったのか…まぁいいよ、それで。」
「盗賊だと!? 盗賊と言ったか!? 盗賊は、縛り首だ!」
若い方が話の前後も聞かず喚くので、足もとの小石を投げて黙らせます。
「お見事な人中打ち。理想的な悶絶ですな。彼はもう少し落ち着かねば。」
人を黙らせる、武神流の奥義です。それよりお話の続きを。
「そうでしたな。我ら王軍2万、オーク族を撃退すべく、総大将に第3王子殿下を戴いて行軍中でして、我々は建築中の陣への先触れを、偵察を兼ねて進んでいるところでした。オークの毒蛇どもが配されていたということは、暗殺でも企んでいたのでしょう。浅薄な豚どものやりそうなことだ。」
「うーん、つまり、もうすぐ王子様が侵略者を追い払ってくれる、ってこと?」
「そういうことを、さっきから言っています。それで、侵略者の精鋭部隊を先に退治してくれた貴女たちにはご褒美をあげたい、と。」
「おー!」
「しかし、盗賊やら山賊やらワケのわからない悪いやつに、王子様のお褒めの言葉をあげるわけにはいかないと、王子様の家来は思っているのです。おわかり頂けますかな?」
「あぁ、わかりました。でも、悪い盗賊はみんなわたしが退治しましたから、ヤクタはもう悪い盗賊じゃないですよ?」
「マジですか…失敬。いや、それならば、ヤクタ殿が盗賊であったことは金輪際口にしないで、黙って、そんなことは無かったことにしておくことです。我々軍人は、盗賊に会ったら斬らねばなりませんからな。」
「それでいいの? ですか。ありがとうございます、そうします。じゃあ、やっぱりヤクタはお姉ちゃんということにしようかな。」
「家来か姉か、ってよくわからん立場だな。…いいけど。姉ちゃんとしては、アイシャがポロッと失言して問題になる予感がプンプンするぜ。」
大人は気苦労が多いと聞いていたけど、面倒なことですね。
おや、そんなことを言ってる間に、たくさんの人がやってきましたよ。
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「お待たせした。貴殿らのことを報告いたすと、サディク王子殿下から直々にお褒めの言葉を賜ることになった。丁重に出迎えるように。」
集団から一足先に、最初の好青年氏・ファリス子爵が帰ってきて説明する。
「無茶を言いますね。王子様のお出迎えの作法なんて……ヤクタお姉ちゃん、わかる?」
「アタシが知るわけないだろう、行儀見習いの勉強してたんじゃないのか、妹よ。」
「あー、ひれ伏すまで必要はないですよ、町人の女の子なら、頭を上げよと言われるまでお辞儀してるだけで結構です。」
役に立つのは34歳のイケオジ・ヤザン。悶絶していた若いの・ボルナも、回復して黙々と出迎えの準備を始める。
「お辞儀、お辞儀。こう……こう?」
「だからアタシに聞くな。爺やに見てもらえ。」
「爺や! お辞儀はこれでいいですか!」
「じ、爺、や……」
ファリスは常のクールぶりを破って盛大に吹き出し、ボルナも腹を抱えて再び悶絶するなか、騎士ヤザンのお辞儀チェックが始まる。
「背を丸めないで。腰を折って背筋はまっすぐ。膝は曲げない。それで、そのまま。プルプルしないで。息はしてもいいから。…はい、頭を上げて。よくできました。
あと、直答許す、って言われるまでは王子様から聞かれてもファリス子爵に向かって答えなさい。それと、殿下は18歳だから、間違ってもオジサンとか呼ばないようにね。……実際、第3王子程度にそこまでする謂われもないンだが、あの人だからなァ……」
完全に幼児扱いされているが、そういうことに屈託がないのはアイシャの美点でもある。
「諸事、了解でっす!(ビシッ!)って、言うんですよね! おや、あれ、王子様ですか?」
後方の集団から一騎、特別に華麗な装いの人と馬が駆け寄ってくる。「王子殿下、だ。」と、ファリスが小さく舌打ちを一つ。「ほらほら、伸び上がって見てないで頭を下げて。ヤクタ殿も。」と、苦労人らしいヤザンがアイシャにお辞儀をさせる。
*
「ファリス、ご苦労! 誰も知らぬ若き女剣豪と聞いては、居ても立ってもおられず、な! そこな娘が件の“毒蛇斬り”か? なるほど小さいな!」
“サディク王子”が20歩くらい離れたところで、やや高いめの大声を発する。アイシャは下を向いているので、その姿は見えない。
「 」
「まだ! ファリス子爵がこっちに来るまで黙ってそのままで!」
さっそく動こうとしたアイシャに殺気を浴びせて身動きを留まらせるヤザン。ヤクタは、お偉方を避けて、いつの間にか姿を消している。
アイシャも、何もわかっていないということはない。何となれば、王子と子爵が何やら話していることも大まかな内容は気配でわかるし、ヤクタが逃げて潜んでいる草むらも察知している。だが、是非にも王子様とやらを見たい。できることなら、先日どうしても確かめねばならぬと思ったあの件も、直に聞けるまたとない機会だ。うずうず、そわそわしながら気配を探っていると、遠くに不穏な気の流れを察知した。