111 婆さん
ふたたび草ちゃんの鞍に乗って、お供が一人増えたカタチで貴族街から商人街に移動している。
わたしたちが絵のモデルをさせられていたと聞いたカーレンちゃんは呆れきった半笑い顔で「お疲れ様ぁ」とねぎらってくれたものだが、それで金100枚が出たと聞いたら
「すごぉい! だったらもういいじゃん、帰ろう!」
と満面の笑み。それでいいの?
これから行く予定の商家は、カーレン家のあの影が薄い姉婿さんの実家。その商売を仕切っているのが、女傑・ドルリお婆さん。その姉婿さんの祖母で、今回の交渉相手だ。
シーリン・カーレンちゃんは彼女にとって孫の義妹にあたる、らしい。そういうことなので、こちらにはちゃんとアポを取っている。逃げたらダメよ。
現在、家出中のシーリンちゃんは(少なくとも本人の中では)カーレン家と義絶中ではあるのだけれど、その周囲としてはこの状況に少々心を痛めているわけで。ドルリお婆さんを通して関係修復のきっかけの何かになればと、自分で訪問を決めながらも気が重そうなシーリンちゃんのお尻を押している状態なんだ。
「超特級に厄介な人なんだけどねぇ。私の、実家の商売抜きでのコネで、手早く当てにできる人ってあのヒトしかいなかったしぃ。
……あ、待って、友達いないボッチとかじゃないのよ、しばらぁく東フィロンタ領に出てて王都と疎遠だったし、子供の頃の友達も当てにできるほど出世してないみたいだし!友達いないボッチとかじゃないのよ!」
そ、そうだね。友達いないボッチとかじゃないよね。わたしだって、友達は王都民にはいないけれど、友達いないとかじゃあないよ。あれ、ゲンコツちゃんどうしたの?まさか友達いないの?あれれー、剣術一筋で剣が友達かぁ!おや、ハーさんはラーミンが友達じゃないの?ないのかぁ。対等な相手とかいってないで、そういうことにしとけば?
「シーリンちゃん、別に友達なんかいなくったってだいじょうぶだよ!」
馬上高みから言い放つと、2人から睨まれた。コワイ、コヮィ。
*
いまから会う女傑・ドルリお婆さんは、カーレンさん家のひいひいお爺さんの代からの家ぐるみの付き合いがあって、末娘シーリンは小さい頃から可愛がられていたんだって。お婆さんは婿さんとシーリンちゃんの縁組を希望していたけれど、年齢と立場の問題で、その姉への婿入りになったのだとか。それも、微妙な話よね。
不思議なことに、わたしの周りになかなか幸福な結婚の話が出てこないわ。世の中、そんなものかしら。
「おお、カーレン坊のとこのシーリンか、よく来たね! アンタの親父も、うちトコのも、ありゃあダメだ! 王様が、神様が何だとかまるでわからん。アンタ説明おし!」
到着するなり、お婆ちゃんテンションが高い。王都の人は基本的にテンションが高いね。生きてる時間が早い気がする。
「お久しぶりドルリちゃん! 説明するから、まず連れを紹介させて。こちら、……アイちゃんの肩書は難しいから、自分で説明して。」
ひどい。えぇっと?わたしは……「アイシャです。超聖女と指名されましたが、超聖女が何する人なのかは、そのうち偉い人と相談して決めます。」
お婆さんは目をしばたたかせながら、「噂は聞いてるけどね…そのトンチキ娘が何の用だい?」とあからさまに値踏みしてくる様子。
「それで、こちらが天剣・ハーフェイズさんと神の子・シーリンさん。」
「なァんだ、神の子のシーリンってアンタじゃなくてそっちの娘なのかい? 詰まらないね。で?噂の主ばっかり引き連れて、一体何に巻き込まれてるっていうんだい?」
「それなのよぉ。今日来たのは、投資のお話。商談よぉ!? あ、みんなはもういいから、お店の方でお茶して待っててね。デッチさーん、案内してあげて!」
「アンタが仕切るんじゃないよ。デッチ、いちおう失礼のないようにね。」
*
「なかなか、迫力の婆殿でしたな。」
「押忍、なんだか参考になりまス。」
ドルリ婆さんとカーレンちゃんが商談の間、残った3人はお店の喫茶スペースに通されてお茶菓子をもらっている。昼食だとありがたかったけれど、時間が押して急いだ末に半端な時間になってしまったので、これは仕方ない。
お店は飲食店というわけではなく、いろんなものを売っている。見せてもらったけれど、よくわからないものたちだ。それらの売り買いの相談とかで、この喫茶スペースを使うのだろう。
デッチさん(名前の軽さとは裏腹な落ち着いた紳士)が淹れてくれたお茶はとてもおいしく、聞けば水が取り寄せの名水で、河の上流の山地から、その山の土でできた水瓶で運んできているそうだ。余計な臭いがつかないんだって。いい贅沢だなぁ。
まあ、お茶はいいんだ。わたしとしてはカーレンちゃんとドルリ婆さんの商談に興味があったので、なんとか盗み聞きできないかなぁと周りを見渡して、気配を探っている。と、別方向から騒がしい気配が湧き起こってきた。
「軍資金を、な。出せ、って言ってんだヨ。」
「我らの救国の志に疑問を抱くとは、貴様ら本当にファールサ国民か? まさかオークの手先か?」
「本当なら、お前たちが頭を下げて金を持ってくるのが筋だろう! わざわざこちらから足を運んでやってるんだ!」
何、アレ。やくざ者たちがお店の人に絡んでいる。碌でもないな。
でも、わたしたちの言ってることと大差ないのかも。要するに、資金面でご協力を、ってことだよね。どうだろうハーさん。
「あれが、王都の愚連隊の自称・自警団です、師よ。度々退治してはいるのですが、その都度新しいのが湧いて出ておりまして。(クソ、師の前で恥をかかせやがって)どれ、目にもの見せてやりましょう。」
「ジブンも!悪人退治しまス、押忍!」
さて、商談と悪人退治、どっちを見に行くのが楽しいだろう?