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106 準備する日々


 この日の午後は、ヤクタをなだめるので終わっちゃいそうだ。あのさぁ、わたしのなかではヤクタはカッコイイ系になってるんだから、昼間から酔っ払って泣くのは止めてほしいんだけれども。こんな姿、見たくなかったよ。



 2人のシーリンちゃんには、あの後に呼び出したカミラ侍女さんと難しい話をしてもらっている。

 あの人も便利な人で、魔法の呼び鈴を教わったとおりに鳴らしたら本当に、お日様が手のひら1つ(いちじかん)ぶん動くほどの時間でやって来てくれた。この呼び鈴もすごいけれども、神域から遠くなると使えないそうだ。

 魔法ってなんだろう。どこかで勉強できるのかな。学校とかあったりして。

 一段落ついたらマリカ姫様に聞いてみ「オィ聞いてんのか。アタシはいらない子だっていうならちゃんと言ってくれよ。どうせ、あのシーリンに腕相撲、指相撲どころかジャンケンでアイコにも持ち込めない100連敗したザコなんだアタシは。聞いてんのかオイ。お前も飲め!」



 わたしが知らないところでなにをやってるんだか。八つ当たりじゃないか。そんな面白そうな姿、見たかった。すごく。


「わたしは、お父ちゃんや叔父さんの件でヤクタにはずいぶん助けてもらった恩があるし、他にもいろいろ助けてもらってるから、ホントに家族みたいに思ってるよ。お姉ちゃんって呼んでるのは、わりと本当だったらいいのになって思ってるし。

 でも、あの場で客寄せの笑い話にするのは違うと思ったんだよ。わかるかなぁ。わかってほしいなぁ。」


「そうか。そうなのか。まぁ飲め。かわいいヤツめ。まず飲め。しかし酒はヤースンの酒が旨いな。オマエん家で飲んだ葡萄酒や火酒はシーチン家の木族の酒より美味かったしな。」

「そうだねぇー。ヤースンじゃないよヤーンスだよ。いい町だからね。全部終わったらヤーンスでふたりで住むのもいいかもねぇ。」

「ちぇ、しけてるな。あの町の領主になんのかョ。堅実だ、地味だな。つまらぬぇ…」


 えっ、領主? って? わたしが? …でも、いいかも。大聖女よりはずっといい。ねぇ、どうしたらなれるの? …あ、寝ちゃった、ヤクタ。

 どうしよう。ゲンコツ道場まで持ち帰る? 動くものなら力を誘導して運べるけれど、動かない重たいものはそのままじゃ運べない。まあ時間はあるから、起きるまで待とうか。

 少しは、機嫌を直してくれたかな。普段、油断なく生きている野生動物(にんげん)が自分の前で気の抜けた顔をしてくれてるっていうのは、なんだか気持ちが暖かくなる。あぁ、見ていたらわたしまで眠くなってきたよ……



 夕方、気がついたらわたしが道場の寝床だった。いつの間にか寝ちゃっていて、先に目が覚めたヤクタが運んでくれていたらしい。ほらね、ヤクタは必要な人材なんですよ。



 次の日。


「義勇軍をつくってサッちゃんのところに押しかけるなら、先に手紙でも送って連絡をしておくべきではないか」という意見が出たらしく、それは確かにそうなので、じゃあ、カーレンちゃんお願い。

 というわたしの意見は通らず、手ずからでお手紙を書かなきゃいけないことになってしまった。


 だけれども、王子様に出すお手紙は普通な感じで良いのか、わからないことばかりなので侍女カミラ先生に今日もお出ましいただくことになった。



 今日もあまり時間を置かず走って来てくれたカミラ先生は、何も言ってないのに(ムチ)を持参で、最初から(堪忍袋の緒が)キレているご様子。

「要件をまとめてからお呼び出しください」って、それはそうだけど仕事ってのは後から増えていくものなのよ。お父ちゃんもよく謝ったり陰でキレたりしてたもの。…ごめんなさい、笞こわい。お手数をおかけします。


 王子殿下にお手紙を出すには、普通には山ほどの形式を踏まないといけないらしい。

 けれど、今は戦時中の将軍に送る体裁で済むから、儀礼的なのはカット。でも、完全な私信は送るのも読むのも法で禁止されているらしい。ので、準公文書、王女様の超法規的な私文書を送りつける型式で、一枚堅苦しいのを書いて、それにお手紙本文をひっつけて、王女宮の封をして送るといいらしい。もう頭がパンクしてきた。


 堅苦しいヤツは、見本のとおりに写すだけなのに、枠線から飾り文字まで自分で全部手書きしなきゃいけない。なんで、って聞いたら、お役所ですから。って。わかったから、やってるから。書き間違えるたびに笞の先をそっと手首に乗せてくるの、やめてほしい。心臓がキュッとなっちゃう。

 町での手習い時代、隣の席の男の子が笞で打たれるのを見ただけで引き付けを起こしたのがわたしだ。今では、そんなわたしが棒や剣で男たちを殴っているんだから、世の中わからないよね。でも、自分が叩かれるのはイヤだ。勘弁してほしい。


「王女様も目に涙を浮かべながら練習されていましたものです。アイシャ様はお小さいのに字はお綺麗で失敗も少なく、よく頑張っておられます。」 

「お小さい、って、わたし14歳ですけど。」

「あら。大柄な10歳くらいだと思っておりました。14なら、次からは笞を当ててまいります。」


 いいです、あたち10ちゃいです。とはさすがに言えなくて、緊張でガチガチに震えながら1枚目を書き上げた。笞もなし。我ながら大したものだと思うよ。



 二枚目以降は、普通に書きたいことを書いていいということだ。お手紙書くって久し振りだな。なんて書こうか。『やっほー、元気?』ピシリ。

「痛ぁい! 手、いったぁい!」

「最低限の品格というものがございます。」


 ちぇ。叩かれたショックで思い出したよ。『拝啓サディク様。過日は格別のお計らいを賜りまして誠にありがとうございました』どう?セーフ? うーん、とにかく書き進めよう。次の笞は避けてみせる。


 ……なんだか、みんながサッちゃんとわたしが恋人みたいに話してて、いまこうやってウンウン呻りながら丁寧に丁寧にお手紙を書いていると、実はこれはラブレターで、本当にわたしもサッちゃんのことが好きだったんじゃないかと錯覚しそうな気分がある。かってに胸がドキドキしてきた。

 実際、どうなんだろう。キライだと思ったことはない。好きかと聞かれたら、それ以前に、たいして喋ってもいない。それなのにサッちゃんがあんな事言いだした理由は、それこそ猟犬扱いに決まってる。

 いまはまだ気持ちは保留だ! この先、もう一度会えたときに決めればいいと思う! それで、もし詰まらないことを言うようなら、助けた命を返してもらおう。



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