104 求人票
偉そうにしていても実はただの宿なし、一歩間違えば浮浪者であるわたしたち。わたしに至っては、広い意味では戦災孤児でもある。まだギリギリ、路地裏をうろついていたら警察に捕まって孤児院に押し込められかねない年齢なのですよ。
カーレン様、家出やめない? まだ早い? 無茶するものだよねぇ。
そういうことで、ゲンコツ道場さんには迷惑かけついでにもう一つ迷惑を、と、予定通り私たちの宿になってもらっている。
ゲンコツちゃんはわたしのせいで、黒いツンツンヘアが真っ白のヘナヘナヘアになってしまったので、その日の夜はヤクタ主軸で、ベンガラ色(鮮やかな鉄錆色)のサラサラヘアに染めてあげる。盗賊さんの意外な芸だ。それで食べていけるんじゃない? 地味だからイヤ? 贅沢な!
次の日、朝から意気揚々とした新生ゲンコツ仮師範とわたしたちで、義勇軍募集のために冒険者ギルドへ出かける。ハーさんは有名人なのでお留守番だ。
15歳の仮師範は真っ黒ゴワゴワチリチリヘアがコンプレックスだったそうで、軽やかな風になびく赤毛がたいそうお気に入りの様子。髪染め師のヤクタにもずいぶん懐いている。単純に大柄な人がお好みなのかもね。
わたしは、昨日の聖女ファッションはやめて、一昨日のオシャレ町娘に逆戻り。あの聖女服を古着屋に売ったら大儲けでどんな服でも選び放題じゃないかって思ったけど、まともな店じゃ売れないから止めとけってさ。
地方では革命家が悪さをしていて、王都でもそういう輩はいるけれども、一般的には、なかでも城内では、王家は十分に尊敬されていて王家印の破れドレスなんて売ろうものならすぐさま通報されてしまうそうだ。
まぁまぁ、権力者のみなさんも長閑な雰囲気だったしねぇ。
そして、わたしには4日ぶりの冒険者ギルド。中に入ると、先日に比べてなかなかの活況だ。たくさんのゴツいおじさんが依頼を確認したり、集まって相談したり、朝からお酒を飲んだりしている。
わたしたち一行は明らかに浮いている顔ぶれだけれど、この全体の中でも目立って背が高いヤクタが睨みを効かせているので安心だ。などと思っていたら、
「ああーッ!」
と絹を裂くような、悲鳴のような大声。発したのは、前にも会った受付のお姉さんだ。ひさしぶり。手を上げて挨拶しようとする前に、机を乗り越えて駆け寄ってきた。
おじさんたちもビックリしているなか、スライディングでわたしの前に両膝をついて懇願するように手を組み、「新聖女ちゃま!」
なにソレ、ちゃんと言い直しなさいよ。膝が痛いのは見たらわかるから、さ。
「超聖女ちゃま、まずは立たせてやれば?」
ヤクタが大苦笑いしながら、後ろからフォローを入れてくる。
ゆうべ、コイツ、もといヤクタこそ真の超聖女じゃないのかと問い糾したけれども「アホか」の一言で、取りつく島もなく流された。シーリンちゃんも「いくらなんでもそれはないわぁ」と呆れ顔だったけれど、甘く見てたらいつか吠え面をかかせてやるからな。
とにかく受付ちゃんを立たせて、おじさんたちの大注目を浴びながら空いたテーブル席に移動する。言いたいことがあるようだから、さあ、どうぞ。
「言いたいことっていうか、聞きたいことがあるのは全面的にこちらですヨ!
…先日チャリパさんが仰ってた“武神姫”に加えて、“死天使”、“サ殿下のアレ”、“オーク食い”、“オーガの赤ちゃん”ってアナタですよね!
この3日である程度、この間のお話に裏が取れたので情報料ぶんなんでもお話しますけど、あなた、王宮の神祇官と宰相府、あと大聖女聖下から直々に出頭命令が出ています。なにをやってるんですか、ビックリしましたヨ!」
「出頭?……しませんよ、そんなの。」
「それは、ご自由に。伝えましたからネ! それだけです。チャリパさんにお話を聞こうと手紙を出してたんですが、先に来られちゃいましたね。で、アイちゃシャまのご用件は!」
大丈夫か、この人。口元を抑えて目を白黒させているのは可愛らしいけれど、本当に大丈夫かしら。「他の人に担当してもらうわけには……」
あ、声に出てた。ちょっと、足下にとりすがらないで、スカート短いから。わかったから離して。
じゃあ、言うよ。用件は、これ!
「義勇軍のメンバー求む。当方、神の子シーリンと天剣ハーフェイズ。騎馬隊と弓隊と歩兵隊、急募。やる気があってオーク族と戦える熱いソウルの持ち主に限る。…募集期間? どうしようね。 なるべく早く出発しちゃったほうがよさそうだよ?」
募集要項の文面はヤクタの発案だ。よく知らないけれど、すごくそれっぽくてわたしもお気に入り。受付ちゃんの頬が赤い。
「疼く……」とかぼそりというのが聞こえた。きっと熱いソウルが響いたんだろう。
でも、あの宰相さんが動き出しているなら、募集から出発までのタイムスケジュールは昨日相談したより急いだほうがよさそうだ。みんな、どう思う?
「今日明日の出発は無理だよ、当たり前だけど。ふつうに考えたら最短でひと月後とかだね。…でも、イヤなんでしょ?」
とは、カーレンちゃん。冷静だね。そうだよイヤだよ。急いで逃げないと、どうなるやら知れたものじゃない。
「お尋ね者のアイシャだけが先に行くのもありだと思うぜ。先遣隊とか言ってさ。サディクっちに合流したら逮捕もされないだろ。」
ヤクタにお尋ね者と呼ばれると沁みるね。どうしてこんなことに。ひょっとして、もうお嫁に行けない?
そんなふうに話していると受付ちゃんが騒々しく割り込んできた。ただ、発言内容を聞くかぎり、騒々しくなったのには無理もなかった。
「ちょっと待ってください、ハーフェイズ、天剣様もご一緒なんですか? 天剣様には、出頭どころじゃない、捕縛依頼が来てるんですけど! “かの天剣を逮捕せよ!”って! 誰がそんなのできるんだ、って話ですけどね! やっぱり一連の騒動だったんですね……」
「じゃあ、ハーさんとわたしだけで先にサッちゃんのとこに行こうか?」
「押忍、ダメです! ジブンとハーさまが陣頭に立って行軍するんじゃなかったら筋が通らないッス!」
間髪入れずゲンコツちゃんの抗議。そんな覚悟の目をしなくても、もう殺したりしないよ。わたし、怖くないって。
でも、どうしようかな。なかなか一筋縄ではいかなさそうになってきたぞ。
「メン募! 当方ボーカルと作詞、ギターとベースとドラム・作曲できるヤツ募集!」口に出して言ってみたい古典ですね。
今回は事務マネージメントがVo.側全負担なので別に悪い話じゃないです。