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「あッ!?」


 突然、マリカ姫がすっとんきょうな声を上げた。

「アイシャさん、貴女、飲んでるのそれ、お酒?」


「そうなの?(クピッ) そうかも。」


 ファルナーズ将軍も、ソルーシュ王子もガバっと立ち上がり、

「気分は悪くないか?ホラ、水を飲め!そんで、今日は帰ってゆっくり休め! 馬車で送ってやる、どこが家だ?」

「王都のお水、おいしくなーい。」



 アイシャは武神に見込まれるほど数百年にひとりの優良健康体・強靭な内臓の保持者であり、アルコール代謝能力も実は無双クラスだ。若く、体が小さいので、ある程度は酔うが穏やかなものであり、酒乱の()は全く無い。

 ただ、初対面の相手が彼女の外見からそれを察するのは無理なこと。そしてこの少女はオーク軍団を単独で焼き払い、王国最強の戦士を軽くあしらったという怪人物。ファルナーズ将軍は、さっき外された腕にまだ痛みを覚えている。


 決断と実行は早い。ほんのり桜色に頬を染めた危険人物を大慌てで抱っこして、一刻も早く王宮から遠ざけるべく、客人用の馬車に放り込む。御者は、今後の連絡役に指名されている侍女カミラ。



 かくして、なかなかの苦労の末に入り込んだ宮殿から、目まぐるしく出立してしまった。アイシャにとっては何の前振りもなく突然、説明もなく理不尽に追放されてしまったようなもので、いまだ事態に理解が及んでいない。


「アイシャ様、どちらまでお送りすればよろしいでしょうか。」

「あ、ハイ先生、居住区のゲンコツ、じゃない、カムラン流道場までお願いしましゅ!」


 いまだ、カミラ侍女には心が屈服しているアイシャであった。



「あーっ、アイちゃん! おかえりーっ!」


 払暁、アスラン王子と対面、続いてサルーマン宰相と会見。その後、世間が動き出した頃にハーフェイズ武官プロデュースの訓練を見学して、そのまま謀反の相談。その後、ファルナーズ大将軍が現れ、奥御殿に移動。お風呂や着替えで時間を使い、ランチ前の時間に酒盛りを始めていた将軍とソルーシュ第2王子、そしてマリカ王女との面談、うまく支援の約束をもらう。

 (しか)(のち)、あれよという間に退席。馬車を走らせて昼過ぎ、昨日塔まで到着したのと同じくらいの時間にゲンコツ道場に到着した。塔までの馬車は迂回路をゆっくり進んだのに対して、帰りは真っすぐ走ったので速いのだ。


 本日分の出来事のキャパを超えて気持ち的に目を回しているアイシャを残し、馬車と侍女は王宮へ引き換えしていく。門前の道端にへたりこんでいるところを迎えてくれたのは、先に塔から戻っていたシーリン・カーレンだった。



「おつかれ!……さま…何があったの?」


 シーリンの目線が顔から体、足へと動くに従って、気遣わしげな色が増していく。

 今朝には“新聖女はスカートが短い”という風評から隠れるため大人しい恰好だったのが、大聖女にふさわしい(おごそ)かな服装になって、しかもスカートが大きく裂かれて生足が見えている。さらに、デキる侍女の気遣いなのだが、元の服と手荷物を包みにして抱えている、という姿。一見して、激しい修羅場が巻き起こったことが想起される。


「だいじょう…ぶ?……。シーリンちゃんは? なにかあった?」


「こっちは、あのあと普通に馬車で戻ってきて、ここでアイちゃん待ちしようとしてたらさ、あのハーフェイズさんが来ちゃって。わたしは居づらいから、ここでぼーっとしてたら、立派な馬車であなたが帰ってきたってところなのよ。

 ヤクタさんは道場の中よ。」


 早いな。ハーさんも速いけれど、全体的に展開が早い。アイシャは不満も露わに頬をふくらませる。

 現状、すべて彼女が考えた通り、いや、それ以上に都合がよすぎるほど“策”が進んでいる。不満をもつなどおこがましいことだが、自分でも全ての状況を把握できていないために、また周囲に流され始めている気分なのだ。

 初めて王都にやって来てから5、6日、例の“策”を思いついたのが3日前の夜。いま、宰相や大将軍、老練のスパイといった怪物たちに彼女たちが潰されていないのは、すでに限界を超えた仕事量を抱えている彼らに、このスピード感で押し寄せているからだ。


 アイシャの気持ちが分からないでもないシーリンだが、いま、アイシャに立ち止まってもらっては困るのもシーリン。「おつかれさま!肩、凝ってなぁい?」などとふくれっ面で肩肘張っている少女を猫なで声で(ねぎら)いながら、後ろから肩を押して道場へ案内する。



 一昨日にも訪ねたが、道場はあらためて黒い。床が黒い。壁が黒い。天井が黒い。もともとは黒でなかったものが長い時間の中で黒ずんでいったものだ。


 やって来た応接間には、道場を黒く染めてきた面々と、ヤクタが揃っている。最初に目が合ったのは、かつてせっせと道場を黒くしてきた男・ハーフェイズ。なぜかその膝の上に座ってごキゲンな、現在せっせと道場を黒くしている女剣士・ゲンコツちゃん。



「おお、師よ、お早いお着きで。して、その恰好は……?」


 主要メンバーの他にもこの場には、ゲンコツ道場関係者が十人程度(つど)っている。彼らにとっての伝説であり、誇りであり、青春の黄金時代の体現であるハーフェイズの、突然現れた少女を師と呼んでへりくだる姿にざわめきが起こる。

 次いで、師と呼ばれたアイシャが身にまとう、それ自体美術品のような王宮プロデュースの聖女服~深いスリット入り~にも、驚きの声が上がる。


 そして浴びせかけられる、じっとりとした嫉妬のこもる視線。出処は、まさかのゲンコツちゃんだ。

 そんなに睨まないで、仲良くしようよ。アイシャのここだけちょっと聖女らしい願いは通じるのだろうか。



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