100 妹王女
「コホン、では私からも自己紹介をいたしましょう。」
わたしが下座に腰掛けて、テーブルを囲んだ4人が目線を交わしあって微妙な空気が流れた2秒後、姫様が軽い咳払いをして、口火を切った。
「私が、この国の王女。マリカです。14歳になります。趣味は刺繍と剣の稽古。よろしくお願いしますわ。」
「同い年じゃん! それって、もう友達だよね。よろしく!」
とにかく、先の先で押していくべし。そうでないと流されて負ける。最近のわたしのフェイバリットだ。で、両手で握手を求めて差し出したけれど、お扇子でピシャリと叩かれてしまった。
「私、まだ貴女とサディクお兄様の交際を認めたわけではありませんわ! 勘違いなさらないでね。…そして、そちらが愚兄、ソルーシュ。第2王子になります。」
「ずいぶんな言い様だな。フン。聖・妹候補殿、そこな愚妹が言うように余が、第2王子ソルーシュである。といっても、兄アスラン、弟サディクは正妻の子、私とマリカは側室の子だから格落ちするのだがな。
ま、見ての通り、玉座には興味がないので安心してくれたまえ。」
言いたいことをいってさらにお酒を煽る、王子様? ……王子様には間違いないでしょう、たぶん。…だよね?
「そして俺様が大将軍ファルナーズだ。齢は17歳だ! 趣味は、鉱山探しを兼ねた地獄のハイキングに兵どもを叩き込むことだ! フハハハハ!」
確認しようと隣のおばさまに目を向けたけれど、ダメだわ、この人。
消去法でも何でも、とりあえず正面のマリカちゃんしか話ができそうな相手がいない。と、思っていると横からソルーシュさんが何か言い始めた。まずいな、また流されちゃうのかな。
「ああ、此の度の壮挙への一大決心、聞く者に熱涙を流さぬ者はない。大聖女の座を蹴って、友のため、恋人のため、磔刑台を背負って立ち上がる義勇兵十字軍! 怨敵を撃ちてし已まん……夷狄に穢されし大地を輝かんばかりの白い足で踏み締め、神の御光を取り戻すのだ!……」
「え、わかんない。」
たぶんわたしに語りかけているのだろうけれども、本当にわからない。泣いちゃってるし。助けを求めて他に視線を向けると、
「ごめんなさいね、いい歳こいて詩人志望なの。」
「要するに、磔の刑を覚悟で勝手なことをして、友人とサディク坊やに尽くそうという心が尊いと言って泣いてんだよ。ソル坊はシラフでもこんなだよ。いい奴だろう?」
えぇ、タッケイダイの十字軍って、ハリツケの死刑?わたしが?なんで?
「なんて顔、してやがんだよ。勝ったら大丈夫さ。戦ってのはそうなんだ。サー坊だってそのつもりで行ってんだ、きっと。
もしオークどもに降参したら、王様の命は大丈夫だろうが、宰相と俺は当然、死刑さ。姫様だって、オーク皇帝の300人のハレムの末席にさせられて、ロクな目には遭わねぇだろうな。」
「どっちにせよロクな結婚なんて期待してないけどね。」
シン、としてしまった空気の中、詩人の詩吟が低い声で続いている。それはそれとして、世の中、わたしが思ってたよりずいぶんヘヴィだ。
でも、このまま流されちゃいけない。なんだかもうわたしとサッちゃんがすごい恋仲みたいに話が進んでる。全然そんなんじゃないのに。ないよね? 自分でもわからなくなってきた。
「わたし、戦とかはハーさんにおまかせして、自分はひと月かふた月くらい王都で観光して遊んでるつもりだったんだけれど。どうも、そんな感じじゃないような?」
「そりゃ、また。…な? アホ姫って言ったろ?」
「いえ、マリカちゃんと同い年の土民の女の子が愚兄ポエムの登場人物みたいにヤル気があるはずがないのですわ。それで、実際、冷徹な大将軍の判断として、この娘をどうするおつもりなの?」
マリカ姫様、慣れてる相手には一人称がマリカちゃんになるんだ。なんだか、いいな。かわいい。わたしも、ヤクタやシーリンちゃんに向かって「アイシャちゃんはねぇ、」って話しかけ、るのは、無いよ。絶対ない。体が震えた。なんでだろう。これがネイティブお姫様なのか。
ばかなことを考えている間に、王女様と将軍さんはひそひそ話を始めている。詩人は、いつの間にか大人しくなって手帳に何か書きつけている。
ところで、アホ姫呼ばわりはひどいと思う。おバカちゃん、くらいならヤーンスでも何度か言われたことはあるけれど、それも嬉しくはないよな。勉強はちゃんとしてて、頭悪いはずはないんだけれど、どうして、こう扱いが軽いんだろうか。ひょっとして、これがヤクタの言う“舐められる”ってことだろうか。もっと大事にされるには、わたしはマリカお姫様とは違って可愛さよりもヤカラっぽいキャラクターをつくっていかなきゃいけないんだろうか?
「アイシャさん!」
「はっ、ハイっ!」
「私は、私の動かせる力をもって、あくまで秘密理にですけど、アイシャちゃんの十字軍を支援します。大将軍の助力もいただきます。「余もな!」連絡役には、侍女カミラをつけましょう。カミラ!」
「お言葉ですが殿下!」
「聞かないわ!」
話を振られたカミラさんとは、やっぱり、あの美人侍女。ひぇっ、わたしも別の人がいいですっ!
「カミラは、私が3つのときから暗殺者退治その他で働いてくれている者です。実力、忠誠心で替えが効かない無二の家臣です。アイシャ、カミラ、なんとしてでも、私をオーク皇帝の側室奴隷になる運命から守ってね。頼みますよ。」
うぅん、困ったことではあるけれども、嫌な男に嫁ぐのがイヤだと頼まれたら、シーリンちゃんの件と同じく、わたし自身もそれを行動原理にしてきたぶん、断りきれない。
仕方ない。オーク族との戦、わたし自身でやっていく方向で考えよう!
第100回に突入しました。書き溜めはもう少し先まで進んでいますが。
我らがアイシャちゃんはセレブへの道をよちよち歩きで進んでいます。どうぞよろしく。
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