99 宮中体験ゼミ集中講座
貴族的なお風呂コースは、アイシャにとって既に体験したところであった。
「あ、これシーリンちゃん家でやったことだ!」ということで、ワンランク上の王族のお風呂でもメイドさんたちに身を任せることで、危ういところではあったがクリアできた。
いまいち貧乏っぽく見えた男爵家も、王族コースに匹敵できてるとは、やるじゃないか。もうすこしシーリンちゃん家暮らしをやってれば、部活も勉強も、もとい剣豪も出世も上手くやれて恋まで出来たかもね。
ワンランク上の浴場でうっとりしながら訳の分からない思考に身を委ねていると、終わる頃を見計らってキラキラの3人侍女がふたたびアイシャを取り囲む。
総身に水を浴びせられたように気分が冷えて、「こちらへ。」の相変わらずの言葉に、体が勝手にとぼとぼと従ってしまう。どうにも、最初に調子を奪われると後々まで意識が卑屈に傾いてしまうらしい。
次に通されたのが衣装室。ここでもベルが1つ鳴ると、衣装係のメイドたちが現れて、下から上、装身具などを流れるように着付けていく。
「これ、お坊さんの服ですよね?」
イヤだなぁ、の気持ちも露わに発されたアイシャの言葉も、浴室とは違ってここで衣装係の働きを監督しているキラキラ侍女たちの上を素通りしていく。十分な間をおいて、いちばん年嵩でいちばん美人な侍女がコホン、と、ひとつ咳払いをするだけで衣装メイドたちがビクッ、と震え、呑まれてアイシャの背筋もスクっと伸びる。
とんでもなく豪華だが、まるで拘束着のような礼服に身を包まされて、並行して進められていた薄化粧もバッチリ、見た目は美麗・清楚な完璧大聖女の完成だ。
*
「こちらへ。」
すげない言葉に動かされて、固くて重くて暑苦しい衣装で、引きずる裳裾を踏まないように、十歩に一度は踏むけれども転ばないように、よちよち歩く。
キラキラ侍女との、これも一種の戦いだとしたら、武神流になって以来の敗北を喫している。だが、何かを賭けた勝負ではない、いわば偉い人相手の振る舞いの練習試合のようなものだ、うつむかず、せめて堂々と歩こう! そう思って胸を張った瞬間、長すぎるスカートの裾を踏んでベッタリと転んだ。
「お客人のお越しです。」
侍女が、特別立派な扉の前で番をしている召使の男に伝え、その男は扉の向こうに何かの道具で合図を送る。扉からは、その向こうでにぎやかに騒ぐ喧騒が漏れ聞こえるが、こちら側はみな、それが聞こえないかのような澄まし顔だ。
さほど間をおかず入室許可が出たらしく、召使いは完璧な礼儀でこちらを促し、年長の美人侍女が先に立って扉を開く。
――――――――――――――――――――――
「おォ、やっとこさアホ姫のお出ましだゼ!」
「イェー! ひでェ!酷ぇ!」「キャー☆」
酒。呑んでるな。これは……どうなんだろう。
美人侍女さんの横顔は鬼の形相になってる。コワイ、コワイ。さて室内は。
大将軍さん。お顔が真っ赤だ。かなり待たせてしまいましたからね。すこぶるご機嫌なのは悪いことじゃないのかも。お部屋は玄関のように威圧的ではない、明るくてシンプルに、少しファンシー味も入った小洒落空間だけれど、お酒のにおいがひどい。
そのお向かいには、見たことがあるような、ないような男性。こちらもご酒を聞こし召しているもよう。誰だか知らないけれど、帰ってほしいなぁ。
そしてテーブルの上座、お誕生席には見るからにお姫様。そして明らかにアッちゃんサッちゃんの血縁者。ファルナーズさんの言う、マリカちゃん姫様に違いない。その前にはティーセットが並んでいるけれど、やっぱり顔が赤い。まぁね、お酒のにおいで酔っちゃうよね、これじゃね。
とにかく、挨拶しよう!
「えーと、はじめまして…」
「“お初にお目にかかります” だろー!」
いきなり酔っ払いのだみ声のヤジが飛んできた。泣きそう。無視だ!
「わたしの名前は、アイシャ・ユースフ・ヤーンス、です。」
「緊張しなくていいからー!」
一応、あれが公式のときの名のり。親の名前と出身地名で他のアイシャさんと区別できるの。そして被せられる酔っ払いBのヤジ。そんなこと言われても。
で、んーと。何を言おう。趣味とか?
「大聖女様に質問、いいですかぁ?」
あら、お姫様からのフォロー、助かります。こんど忠誠を誓おう。さ、どうぞ。
「スカートが裂けて右足が出てるのは、ワザとですか?」
あれ、いつの間に。さっき転んだ時かな? 深いスリットみたいになって、ふとももまでチラッと見えてる。道理で、歩きやすいと思ったんだ。慣れたからじゃなかった。酔っぱらい2人が口笛吹いてる。でも、いいんだ。これくらいなら、もっと魅せていこう!
「セクシーでカワイくないですか? この服、ちょっと重くて野暮ったいからこれくらいがバランスいいですよね☆」
クルッと回って、なかなか披露する場がないまま5年間練習だけしてきたウインクがバチッ☆と決まった。お偉い3人さんはオォーっと声を上げて拍手。大成功!
後ろの侍女さんからは殺意に近い怒りの気配が叩きつけられて、背筋に冷や汗が流れて膝の力が抜けかけるけれど、どう考えても目の前の偉い人のほうが強い。こっちに乗っからせてもらおう。
「わたしも座っていーい?」
「どうぞー!」
ノリがいいな、この人たち。じゃあ、と遠慮なく座らせてもらって、さぁ本番だ。
で、何をしゃべってどうしてもらったらいいんだったっけ?