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98 宮中散歩


 友人・シーリンに降り掛かった厄介事を解決するために発案した小細工の条件を満たすべく、王城に乗り込んできたアイシャ。王太子、宰相という王国政権の中枢のなかの中枢に私事で会見し、後に目当ての武官をまきこむこともできた。

 王太子・アスランとは、目的についてはやんわり断られるも、優しい感じの人だから、こっそり断行してもたぶん許してくれるだろうと判断。結論は曖昧にして見送った。

 宰相・サルーマンは、どうにも感じが悪い人だったので、無害さをアピールして見送った。

 目当ての武官・ハーフェイズは、普通に喋ったことが(はか)らずも彼の心の闇を突付いてしまったらしく、妙なヤル気を出させてしまったが、協力を取り付けた。


 そこまでは上々だったが、突撃して来た、会議を途中で投げ出した大将軍・ファルナーズと話す中で、この計画は法的にかなりヤバいと喜ばれてしまう。その点をなんとかするためには、王女様に口利きしてもらうのが良い、とのファルナーズの発案に従い、王女様に会いに行くことになった。



「王女様のことって知らないんですけれど、サッちゃんにお守りの懐剣をあげた妹姫さんのことですかね?」


「そのエピソードの方を俺は知らんが、王女様といえばこの国には、マリカ殿下お一人だ。あのご兄弟は異様に仲がよろしいから、そういうこともあるだろう。

 知らなそうだから先に言っておくが、マリカちゃんは特にサー坊がお気に入りだったから、“サディク殿下に好きな女ができた”って知らせを聞いた時にティーカップを投げつけて、刃物を抜いて暴れたらしい。気をつけろよ。」


「マジですか。それは、何年前の話で?」


「昨日だよ。貴様の話だ。正念場だぜ、ケツの穴引き締めていけよ!」


「ひえぇ……」



 王城には、7つの塔と無数の御殿がひしめくように並び建つ。五角形の城壁には5つの物見の塔。中央の政庁にはファール・ザフルを模した、そのミニチュアといってもなお巨大で豪壮な塔。そして、最奥に王族を最後まで守る奥の御殿の、女塔と呼ばれる華麗な塔だ。

 

 アイシャは、女大将軍に連れられて女塔が見える方向に歩いている。お姫様に会えると聞いてウキウキだった気分は、それが危険人物だと聞かされてガックリ沈んでいる。

 とはいえ、いじける暇もなくファルナーズ将軍はずんずん進んでいってしまうので、置いていかれて反逆罪にならないよう、小走りに追いかける。


「今、これはどこに向かっているの?」


「ん? 王女様の住んでるところといったら、宮殿の奥御殿に決まってらァな。政庁に押しかけるつもりだったか?」

「違うけど、ムリムリ! この一般市民の服装でそんなとこ行くくらいなら死刑のほうがマシ! 逮捕されたら逃げるけど。」


「邪魔くせえなぁ。……や、確かに無理だな。玄関で侍女に何か出させるわ。」



 ひとまず良かった。一息ついたアイシャには、周りを見る余裕も生まれる。

 練兵場は、シーリン邸の運動場とは比べものにならない立派なものだが、立派な大練兵場は城外にあって、ここは主に祭事などでの試合や決闘に使われる小練兵場だ。観覧スペースや控室は武張(ぶば)っていながらも見栄えよく作られている。


 そこを過ぎて、石畳の道を進む。基本的には瀟洒な街並みではなく重厚な城壁の続きである、重苦しい風景だ。道はぐねぐねと曲がり、ときに左右の壁に押しつぶされそうなほど狭く息苦しく、あるいは開けて弓矢の兵に囲まれる備えがあり、または妙な高低差があって、攻め手の兵を上から下から襲う仕掛けが見てとれる。

 案内してくれる女将軍の解説によれば、100年前に一度だけ成功しかけたクーデターを遂に阻みきったのがこれらの仕掛けらしい。ヤぁねぇ、と軽く流すアイシャの表情を、彼女はどう受け取ったものだろうか。



 やがて、内門を門番兵に挨拶しながらくぐると、広々として花々に囲まれた、庭園の続きのような道に出た。王族が私用で馬車で通るための“小路”だという。“大路”は儀礼用の道で、奥御殿、正殿、政庁をまっすぐ3階の高さで通している道だということで、ここからでもその骨組みが見える。普段は床板を外しているので通行できない、無駄な贅沢だ。


 しかし今それは関係ない。ここまで来れば、目的地はすぐそこだ。

 辺りをキョロキョロしながら、先導の様子をうかがいながら小走りしていたアイシャは額に軽く汗を浮かべている。武神流歩法はマイペースを保てないと乱れがちだ。が、まだ体力は残している。本人は気づいていないことながら、技術は最初から極めているとはいえ、その運用には慣れによる上達の余地があるようだ。



 御殿には、大将軍の顔パスで上がる。アイシャは例の書き付けを準備していたが、必要なかったようだ。

 表玄関は悪趣味なほどに豪壮な、黄金と大理石の薄暗い空間。初夏だというのに肌寒く感じるのは、この一角だけ明るく照らしながら周囲は闇に沈んだ、害意さえ感じる空間レイアウトのためか。

 天井は高く暗く、吊るされた照明が床の緋色絨毯の金刺繍をキラキラと浮かび上がらせている。数人のメイドが影のように自分の仕事をしているが、こちらには目もくれないでいる。


 入ったところでアイシャは「ここで待っていろ」と放置され、ファルナーズはひとりズンズンと奥に行ってしまう。


 残されて数分。来るまではのんきな顔をしていたものの、やがて湧いてきた緊張と場違い感から、吐き気と尿意が催されてきた。この広間に漂う威圧感と外部拒絶感は半端なものではない。

 フッと、はじめからそこにいたようにキラキラな3人の女性が現れていた。そのままウムを言わさず「こちらへ」の一言だけ発して、アイシャを隠すように囲み、正規の通路から目立たない一室に案内していく。


 お姫様かと思うほどキラキラの衣装に身を包んだ彼女らは、将軍が言っていた侍女だったようだ。皆、厳しい表情を崩さず、まったく喋ってくれないので、ひとりだけカジュアルで地味な服装なまま、囲まれているアイシャの心は完全に折れている。

 運び込まれた先は、浴室だ。

 キラキラの侍女のひとりがおもむろにベルを鳴らすと、お風呂係らしいメイドが数人、音もなく現れる。キラキラさんは働かないタイプの偉いポジションのひとらしい、と、アイシャが朦朧と考えている間にくるくると裸にされてしまい、ざんぶとお湯に放り込まれてしまう。



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