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96 他人の婚活 2


「あれでしょう、シーリン嬢との結婚話。貴方がわざわざ来られたということは、彼女はご不満なのでしょうか。」


「ハーさんは、どう? 若くてカワイイお嫁さん、嬉しくない?」


「仕事ですので。」

「それだけ!? もっと、こう……愛は!」

「仕事ですから。」


 一瞬、気遣いを見せたかと思われた直後の、乾ききった結婚感。先刻まで会話ができていると思っていた男が、今ではオークよりも遠く見える。

 一縷(いちる)の望みをかけて、あらためて問う。


「それは、やっぱり、今の奥さんを愛してるから、気乗りしないで言ってるのよね……?」


(それがし)は浮いた話には向かぬ男です。女人の十分な相手は、ご勘弁を。」



 眉間の深いシワ、濁って座った目、青ざめた顔。どこにも愛は伺えない。

 なんてこった。シーリンちゃん、あなたの人を見る目は確かだったよ。これじゃ、ゲンコツちゃんに押し付けるのも気が引ける。すべてを投げ出したくなる衝動に襲われるが、ここはグッとこらえて落とし所を探ろう。


「ねぇ、例えば剣術が好きなお嫁さんだったら嬉しいとか…」


「ああ、それは良いですな。師のような方であれば理想的でありましょう!」

「わたしは、剣術好きじゃないよ。」


 微妙に納得できないが、聞いてみたらゲンコツちゃんでもいいのかな?という返答だったので、アイシャは話を進めることにした。

 眼の前の男とは生きる世界が違うことを痛感したので、もう嘘はなく、計画をぶちまけることにする。ゲンコツちゃんと結婚させたいこと以外。先刻の宰相との会話のせいで、いろいろ考えるのが面倒になってしまったこともある。



「…そういうことですか。……もし、それで上手く行けば。痛快でしょうなぁ。」

「わかる!?」


「しかし、強い力を持った者は。なによりもまず自制を重んじるものです。(むさぼ)ることを戒める、それは努力で得た物でも、与えられた物でも。財物だけでなく、力でも。…貪欲(どんよく)を自制するのは、あらゆる文化、宗教で、殺すな・盗むな・(だま)すな、の次に語られる道徳です。お(わか)りか。」


「なんとなく。お父ちゃんも、そういうようなことは言ってました。」


「弱いものが身代をすべて分け与えても、自分を含めて、誰も救えません。しかし強い者が強さを貪らずに分け与えれば、10人、100人を救える。強い者はそれをこそ誇りとするべきだと。

 …そういうことを、師はどう思われますか。」



「えぇー、ハーさん、急に怖いよ……。うーん。でもでも、だって。それは、シーリンちゃんが国のために人生を我慢することとは違わない?」


「それ、そうなんですよ。」


「は?」

「某は、国のために、宰相の策に乗って自分を押し殺すことが、より弱い国民のためになると、ずっと思って、そうしてきました……」


「偉い。すごいよ。だけど、みんな、弱いかなぁ。」

「本当に。

 某は、あの考えを言い訳にして、怠けていたのかもしれませぬ。」

「ぉ?」


「妻には、結婚前から愛人がいて、自分は結婚に関心がなく、某のまともな結婚生活は2週間ありませんでした。妻は宰相殿の姉でしたので、名目上はまだ我が妻ですが、今回の婚姻話は宰相殿からの償い的な考えが入っているやもしれませぬ。」


 わお。そんなん、聞きたくなかった。軽く耳を抑えるジェスチャーのアイシャに、薄笑いを向けるハーフェイズが続ける。


「それらを拒否して、出奔して、神からの使命のために、政敵の下について戦う。大恩ある宰相殿に(そむ)くといえど、考えてみれば大層な恩でもなかった。ウワッハッハッハッハ!

 不義理だろうと国家反逆罪に問われようとも、誰が俺様を殺せるものか! できる奴がいれば名乗り出ろ!」



 自問自答から急にテンションが上がる大男と、アイシャの目線がバッチリ合う。彼の武力は、遂に1万に達している。


「ハーさん、親とか、きょうだいとかは?」


 急な展開にブレーキをかけようと、いまさら常識的な意見を出してみるも、

「そこはもう、某の問題であって師に気にしていただくことはありません。」


 と、つれない返事だ。まあ、彼の内心はつかめないにせよ、進んで協力してくれようというのなら、ありがたい。


「では、某は部下に一応の引き継ぎをして参ります。かの道場で再びお会いしましょう。それでは!」



 急展開で任務達成ミッションコンプリートしたアイシャだったが、その胸中はなんだかムヤムヤしている。

 あまり知らない人の心のデリケートな部分を知らないまま無遠慮に(つっ)ついて、彼の人生を滅茶苦茶にしてしまったのではないだろうか。彼が満足ならどうでもいい、と達観できるほど心が()れてはいない。


 ともあれ、もはやこの場に用はない。お城を見学して帰っても面白そうだが、べ太郎に「ここから動くな」って泣いて頼まれたから、元の場所に戻ってあげよう。余計なことは、やっちゃったけれどもね!と、控室から出たところで、聞き覚えがある声が響いた。


「あれです、閣下! あの娘が例のアイシャです!――居た!助かったぁ!」



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