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第五話 サイゼリア

『小娘よ、サイゼ食いに行かぬか? なに、株主優待券が余っているので好きに食うが良い』


 メッセージアプリを起動して食事の誘いをすれば、『行くー!』とすぐさま返事がかえってきた。

 別にサイゼリアが食いたくてしょうがないというわけではなく、コスパ最強のイタリア料理チェーン店という存在が料理人を目指す小娘の社会見学になればいいなと思ってのことであった。


 無論、余計なお世話であろうから思惑は口には出さない。


『そのキャラ作りずっと続けるんですか? 疲れません?』


『我が輩は魔界ではけっこう偉いのでずっとこの喋り方で通している。よってこれは素だ』


 苦笑いしながらスマホをぽちぽちして返信をする。博多系の居酒屋で前回飲み食いした折に我が輩が悪魔であることは伝えてあった。

 当たり前だが、信じられてはいないであろう。もつ鍋をつつきながらカミングアウトした記憶がよみがえる――。


「――ところで、気を使いながら酒を飲むのも面倒なので、普段の口調に戻してもよろしいか?」


「? 別にいいですけど」


「実は、普段の一人称は我が輩なのだ」 


 我が輩の告白に一瞬きょとんとした後で、ぷふーと小娘は噴き出した。


「え、普段から自分のことを我が輩って言ってるってことですか?」


「うむ、その通りである。我が輩は悪魔を自称しているのでな、いつもはこういう喋り方なのだ」


 ええ……と小娘は引いた感じになった。まあ我が輩は悪魔だと言われてすぐさま信じるやつはいまい。とはいえ小娘にそれを信じさせるためだけに信仰を消費して奇跡を起こす気はないので証明の方法はない。


「デーモン閣下のファンボーイか何か? どっちにしろおじさん結構イタい人だったんですね……」


「まあそういう反応になるであろうなあ。ちなみに我が輩の心の中で君は小娘と呼ばれている」


「ひどっ!? 古賀って名前がちゃんとあります!」


「まあ、細かいことは気にするな小娘。飲め飲め――」


 そんなこんなで飲ませまくってすべてを曖昧にさせて一人称我が輩と小娘呼びを押し通した。我が輩の勝利である。なんだかんだ酒飲みとしての波長は合っていたので帰り際にメッセージアプリの連絡先まで交換した。 

 その頃にはべろんべろんに酔っ払っていた小娘であるが、終電で帰ろうとしていたので車代を握らせてタクシーに叩き込んだ。それが数日前の話である。


「サイゼって、あんまり行かないんですよね、私。安いのは知ってるんですけど」


「あくまで雰囲気自体はファミレスであるからなあ。ちょい飲みならともかく、我々みたくしこたま飲む勢にはちと気後れするというか」


「あー、わかりますわかります」


 待ち合わせをし、サイゼに向かう道すがらそんな他愛もない話をする。


「ところで今更ですけど、名前は何とお呼びすれば?」


「悪魔としての本名はアスモデウスであるが、まあ好きに呼ぶがいい」


「長いし略しづらくて呼びにくいことこの上ないですね。じゃあスモさんで」


 スモさんて。二千五百年を超える我が輩の生涯で初めての呼ばれ方であった。威厳もへったくれもなくて我が輩笑ってしまう。


「どれにしましょうかねー。がっつり飲むって気分でもないですし。うわ、やっぱり安いなあ」


 メニューをぺらぺらとめくりながら小娘は驚きの声を漏らす。そうであろうな、何もかも安い割に普通に美味いのがサイゼの売りであるから。

 サラダ299円。コーンクリームスープ149円。ミラノ風ドリア299円。ペペロンチーノ299円。グラスワインは100円である。


「グラスワイン100円!?」


 目ざとく見つけて小娘が叫ぶ。我が輩も初めて見たときはのけぞった。


「意外なことに、普通に飲める味のワインが出てくるぞ。試してみるといい」


「ほんとですか……? じゃあグラスワイン頼んでみよっと。うわ、デキャンタだと500ミリ入ってて399円、嘘でしょ?」


 提供スピードも早いのがサイゼである。さほど待つこともなく料理が運ばれてきた。

 小娘のチョイスはミラノ風ドリア、辛味チキン、小エビのサラダにグラスワイン。

 我が輩はハーフサイズのデキャンタワインで、ムール貝のガーリック焼きにミラノサラミのピザをいただく。


「じゃ、特に何もめでたいことは思いつきませんけど乾杯しましょうか。ゴチになりますスモさん」


 おう、遠慮せず食えなどと言いながら乾杯し、我が輩はグラスに注いだ赤ワインをきゅっと飲む。

 うむ、普通のワインである。


 熟成された芳醇さや香りの複雑さといったものはないが、酸味は控え目で変な味はしない。水のように、とまではいかないが気軽にすいすい飲めるワインである。


「ほんとだ、普通に美味しい……えー、これが100円で出せるの?」


 お、と我が輩は内心で微笑んだ。どうやら今日のテーマはしっかり伝わっているらしい。

 そういえば小娘の選んだものは、どれも看板メニューか、それに近いものだった。


 今日のテーマは、コスパである。コストパフォーマンス、どれだけ安くできるか。

 安い中でも質の良いものを安定して提供できるか。大量生産大量輸送による物流コストの削減、セントラルキッチンと調理設備の低人力化を推し進めて実現する人件費の削減と料理の質の安定化。

 食品ロスを抑え、原価を限りなく抑える仕組み。それでいて安かろうまずかろうではなく、ちゃんと食べて美味しいもの。

 コストパフォーマンスを極限まで追求した外食チェーン店の代表がこのサイゼである。料理人を目指す小娘は、このサイゼに「勝たなくてはならない」。


「学校卒業したら、どうするとか決まっているのか? どこかの店で働くとか、店を出すとか」


「私、自分のお店出したいんですよ。和食寄りの、ちょっと創作料理なんかも出す、お酒を飲む店。なので、卒業したら和食のお店で下積みしながらお店出すためのお金貯めようかと思ってます」


 我が輩的には100点満点の回答である。素晴らしい。酒飲みの舌を持つ小娘が、あれこれ頭を捻って作り出した美味い飯。是非とも食ってみたい。


 ふと見れば、スプーンを握っていない方の小娘の中指には絆創膏が巻かれていた。包丁で切ったのかもしれぬ。

 爪まわりの皮膚はところどころめくれてしまっていて、年頃の娘であろうにネイルなんて付けておらず、深爪するぐらいに短く切ってあった。なんと美しい手であろうか、と我が輩は思った。


「でも、ちょっと自信なくしてます。お店やるとなったら、この値段じゃお酒も料理も出せないですよね。仕入れなんか、絶対に大企業に勝てるはずがないし」


 そうなのだ。個人経営の店というのは、コスパでは絶対に大企業に勝てない。つまりそれなりの値段を客から取らないと成立しない。そして客にそれなりの値段を払うことを納得させるためには、その店にしかない強みが必要となってくる。

 繁盛店にして薄利多売で利益を出すか、目玉となる料理を考え出すか。あるいは、客が高い金を払ってなお満足できるだけの質の料理を提供するか。

 焼き鳥屋のとっ鶏は安価で美味いつまみを提供して酒で利益を確保する居酒屋スタイルだったし、浜やは大将の料理の腕で、新鮮な海の幸を提供する店だった。

 ハデス氏らと行った焼肉屋は、高級路線で接待に使えるという利点があった。

 博多料理屋のやっとーとは、鳥刺しやモツ鍋など、九州をテーマにした料理で客を呼ぶことに成功している。


 今はまだ料理の腕も半人前であろう小娘は、これらの店に並ぶほどの店の強みを、これから自分で作り出さねばならない。

 それが個人経営の飲食店のオーナーとなるために必要な試練であり、高い壁でもある。


「我が輩が行ったことがある店でな、狭くて小汚いスナックみたいなところなのだが、女将の喋りが上手くてな、常連がついて賑わっている店がある。常連が何組か居着いてくれればそれでやっていけはするかもしれんな」


「そっか。コミュニケーションもお店の売りなのか。私、ちゃんと喋れるかなあ」


 辛味チキンをあむあむしながら眉間に皺を寄せる小娘を、我が輩は目を細めて見守る。

 我が輩は、この小娘ならば飲食店のオーナーとして成功するのではないかと密かに思っている。

 なにせこの小娘は可愛げがある。愛嬌に惹かれて通う者も出るだろう。それに舌は確かで、酒飲みの心をわかっている。


 と同時に、やはりコスパばかり重要視してはならぬな、と我が輩は自分を戒める。

 客としては安い方が有難くはあるだろうが、個人経営の小さな飲食店は、食い支えてやらなければ潰れてしまう。潰れてほしくないなあと思わせてくれるような店であるのならば、ちゃんと金を払って売り上げに貢献するのが客の礼儀であろう。


「まあ、今すぐ勝たなきゃいけないってわけでもないですし、気長に考えます。見習いのうちって給料安いんですよね、この業界。お店持てるのはだいぶ先でしょうし」 


 我が輩は苦笑する。料理の世界は、大した給料が出ないのは事実である。

 さすがに時代が時代であるので、見習いは給料が出ないであるとか、料理の技術を教えずに見て覚えろなどといった旧弊はなくなってきてはいるが、それでも伝統的に料理人に支払われる給料は安い。オーナー側としては人件費を極力抑えたいだろうから、自然と少人数で切り盛りすることになって仕事もハードである。

 雇われのうちはよっぽど技術と年季を積まないと相応の扱いはしてもらえないのだ。腕利きと認められるか、自分で店を出して繁盛させ続けて、ようやく成功者の仲間入りができる厳しい世界である。


「小娘が店を出す日か。楽しみに待っているとしよう」

 

「その頃にはおじーちゃんになってるかもしれませんよ? 毎晩飲んでるなら肝臓も気をつけないと」


「悪魔は歳を取らんし病気にもならんのだ。気長に待つさ」


 長い長い悪魔の生涯の中で数えたら、瞬きほどの時である。我が輩はグラスに注いだワインをきゅっと飲んだ。若くてみずみずしい葡萄の味がした。

ちなみに正式にはサイゼリ「ヤ」です。

ビールの銘柄とか堂々と出してるんで今更パクりもクソもないと思いますし、メニューとかそのまんますぎてもじった意味もないんですが、何となく一文字だけ変えました。

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