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床下の迷宮  作者: へますぽん


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あまく蜜のような果実のような

 豪天号は理不尽らしい。キャラメルポップコーンくんを呼びつけるのにこっちくんなと怒鳴ったらしい。

「おれは呼ばれたから急いで行ったん!!そしたら、勝手にはいってくんなっ!だよ?ヒドいよね。あんまりだよぉぉぉ!!」

 いつにも増してピリついているようだ。若紫ちゃん達が過ごす居室には新たに前室が出来てその手前の通路で今まで豪天号たちは応対していた。中はまったく窺えない造りになり好奇心の強いチンチラにとってはどうにも覗きたくてたまらない仕様だ。

 そのせいで用もなく、でも、さも仔細ありげな様子でちょこちょこと彷徨く青年部たちが絶えず、ますます豪天号たちをイラつかせる日々となったが、そのおかげでちょっとした使いっ走りを捕まえるのに全く不自由しないという便利さまであったんだ。

「あそこ通るとすごくいい匂いがすんのよ。かすかに漂っている、なんていうか、上等の牧草の花のようなふわっと甘いうっとりする匂いなのよ。みんなとってもいいにおいって言ってる」

 それを皆でふすふすと嗅ぎまわっては豪天号たちに囓られ気味で追い散らされてる。とうとう通路の通行規制まで掛かってるんだけど、そこへわたしが招集された。

「ご無沙汰じゃない。すごい通行量だそうね?チンチラ銀座って看板立てる?」

ちょっとやつれたようにも見える毛艶に陰りのあるオスみが増した豪天号は、このごろわたしを呼びつけるばかりだ。居室から離れない。アンニュイな仕草で顔を上げ、わたしに告げる。

「そろそろなんだと思う。もう。このごろ頭がクラクラするようないい匂いがする。どうにかなりそうなんだ。彼女たちを用意した部屋に」


 久しぶりに会う若紫ちゃんは苛められたことのない猫のように無邪気で他愛なく、懐っこく愛らしい。手にふわふわの毛皮を押しつけて鼻筋や後頭部を撫でさせる。なんたる手触り!!色鮮やかなその被毛は細く柔らかくすばらしい感触が手のひらいっぱいに!!しゃがんだまま鼻息が荒くなっていると前腕を豪天号に噛まれる。

「痛いよ」


 まだ彼女たちの体調に変化はないらしい。


 干し草やおもちゃ、砂などかねて用意のおこもりグッズと共に神棚のように天井近くに用意した部屋へ抱え上げる。キャラキャラと身をよじって笑う彼女を撫であやしながら部屋の様子を確認させる。つぎつぎに嫁(予定)たちを抱き上げては特別室に納めていると足元でサファイヤやシナモンがぷぅぷぅ声を上げてまとわりつく。

「踏んだら中のアンコでちゃうぞ!危ないから退いてて!」

 手の中のチンチラに気がいってるのに踏み台に乗って部屋のようすまで確認するのだ。足元に注意がまわらない。ふわふわでキラキラなんだよ。可愛いったらない。滅多に触らせてもらえないから全力で手触りを楽しんでいるので、雄のほうまで気が回らない。いや、豪天号たちもチンチラだからもふりがいはあるけどさ。

 部屋の観音開きの戸は手前に開くので、踏み台にのったわたしでなければ開けられない。内側から押し開けられないように閂まで設定されている。部屋そのものもかつて豪天号と旅したとき使った安全性の高い巣穴で周囲から接続出来ない。本人達も出られない。それは監禁じゃないの?


「とにかく。無事に一回目のシーズンをのりきってほしいんだよ。どうしても。やっと巡り会えた嫁だから長生きしてほしいんだ」

 たかが二、三日のことにこんなに凝ったおこもりスペースを作って、自分たちからさえも守ってほしい。とはまた大げさだと兄貴分たちは笑ったという。

 でも。身体がしっかり出来るまえに出産することで早くお迎えが来るというなら、なんとしてでも損なわれないように努力する。彼女を迎えるまでの長い長い待機に比べれば、なにほどのことでもないのだ。

「いくらでも拝むから。おれの宝物をまもって」


「わたしは主様じゃないから拝む必要はないわよ」

 可愛いあまえんぼうの若チンチラのお世話なんてただのご褒美だし。



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