土手を越えてゆこうよ
わたしを誘拐しているので、宿泊施設に戻れなくなった元上司は
わたしの滞在していた小屋に案内するよう求めた。
「いや。そんなややこしいことは止めましょうよ。いまわたしを県道に下ろして帰宅なさい。お互いまだ何も失っていないでしょう?ちょっとドライブしただけです」
「じゃぁ。ちょっとだけお茶を飲みに立ち寄っても良いだろう?喉が渇いているんだ」
「自販機がそこに有りますね」
防犯カメラは駐車場や商店のみならず民家にも有るから、さっさとわたしを下ろして立ち去れば良いのに。
ドライブレコーダーにも映り込むんだぞ?
それでも彼は愁嘆場っていうか修羅場をしたいらしい。
せっかくなので田圃の畦でもいいと思う。
他者を排したいなら、納屋の陰も情緒深い。
「君の部屋に。もう最後だから」
窓割れてて泥棒の靴の跡だらけなんで。
「えぇぇ。いま、わたしの部屋散らかっているからぁ」
女子っぽく言ってみた。
道は土砂で埋まっていて通行できない。と言ったが信じなかったので、現地に車で乗り付けてそこに置き、徒歩で迂回する。
クソデカいリュックを背負って。
「この休耕田の脇の土手を上がってゆきます」
皆が土手っていうから、そうなんだろう。わたしはちょっとした崖に見える。
降りるのでなければ、わたしでも上れる。集落の八十過ぎの爺ちゃん達もアケビ見つけたとかムカゴだとか言いながらチョコチョコのぼっている。
「上りやすそうなところから、適当に」
そういってガシャガシャッと上がって振り返ると、手をかける場所すら迷っていた。
そのまま置き去りにして小屋に逃げる。
もう県道からの移動は止めた方が良さそう。
有給もいつまでも取れないから、時間切れを狙う。
台所の床下収納のバスケットから瓶や壜を出して床下に直置きし、開いたバスケットはロフトに上げて替えシーツや枕を詰める。
凶器を見つけて襲われるのが怖いので、刃物を新聞紙で包んでリュックに押し込む。
手斧とか鉈とか出刃。のこぎりは納屋の奥に投げた。
農作業スパイクに履き替える。
冷凍庫から持ち出さなかったバナナやサバの一夜干し、苺などを取り出す。
「お願い。匿って!」
そう叫んでから
「これはお供えもの!」
次々に投げ込むと聖歌隊の美しいコーラスで正確に読み上げる。
「サバ一夜干しコロコロすっとんとん」
「バナナコロコロすっとんとん」
「弥生姫コロコロすっとんとん」
バーコードリーダーが絶対ついてるだろ?
収納の蓋を内側から閉めて、床下に降りる。
「みずきちゃんコロコロすっとんとん」
いや、ズルズルと滑り込んでます。
続きは来週月曜日です