ひどいはなし7
管理通路の冷たい床にころがって、後手の戒めは解かれても背に持っていかれていた肩の具合が悪くてままならない。それでも通路の向こうで叫ぶ賊の声に身体が反応する。
「んぁぁあっ!それは俺のっ!なにしてやがるっ!!」
祭壇に供えるべく転がしていた樽の存在に気付いた賊が池の中からものすごい水音を立ててかけよろうとして滑って転んで舌打ちをしながら唾やら悪態を吐く。
遠くにいても存在感がつよい。
あと、それはわたしのおいなりさん、じゃなくて酒樽だし。
濡れた足元と革のソールの相性の悪さを見せつける賊に意識を向ける。
吐き気と頭痛と腹痛と寒気と傷口からくる痛みで震えていても、あの賊が気になるのだ。
こちらの通路に入ってこないはずだけれど。
盗んだ酒樽を横取りされたことに逆上して、さらに他の獲物の安否も気になるのか
とにかくその酒樽は取返すと決めたらしくバサバサと水音を立てて祭壇のほうへすすんでくる。
わずかにあいた朱い棒の隙間から祭壇正面に向かう賊の背後に
黒い小さい影が駆け込んでくる。
「我が主に奏そうし奉たてまつる。この贄をもって、吾妻を与えたまえ」
豪天号が高らかに雄叫びをあげる。豪天号はわりと古風な言葉遣いをするけものだな。
そうして高く跳躍すると賊の背を力一杯蹴りとばし、勢いのついたチンチラキックと濡れたソールの相乗効果か
賊は柵の中、祭壇によろけ掛かり、突っ伏した。
人型の綿飴が風呂の湯気の中で失われるように
確かにあった質量がうやむやに消えてゆくのをこの目で見た。
たしかに祭壇の正面はダメなんだな。
だからガタゴトと側面から無理やり酒樽がのせられてゆくのだ。




