町はずれにて
まだ日暮れまで時間があるうちに
轟天号に促されて街道を外れて木立の見える丘に向かう。
「もう少し先に街があるから、そこで宿を取ればいいのよ?」
「おれは世馴れたチンチラだから、教えてやるがな。一人旅っていうのは人間も喰われたり拐われるんだぞ」
「だから施設に宿泊するんじゃない」
「おまえは宿がどんなものか知っているのか?おれは一度見物に行ったが、な。アレはウチの寝ぐらに及ばない」
「…?」
居室に草が積んであって食っちゃ寝するパラダイス設計になっているから、ソレ未満なのは当然だろう。
言うなればプリン風呂を具現化してるのだ。
「大部屋に寝台を大量に並べているが、色々な臭いがこもっていて、ムシも多い」
寝台が多くて掃除が不十分なのか、寝台の下を屑籠にする悪癖持ちがいるのだろうか。
そういえば古くから旅行記の定番は南京虫のグチと相場が決まっている。
「でもさ。外だって蚊とノミとダニとヒルと何だっけ?」
「案ずるな。瑞希。見るがいい」
マズルを膨らませドヤる相棒。ブラックベルベットの毛先の黒が散ってアンダーコートの明るい灰色が際立つ。
かわいい。
「おれじゃなくてっ!主様由来のこの力を見ろ!!」
イキるかわいい相棒の指し示す先には、地面に穴。
さっきまでなかった穴。
覗くとごく浅い。出発した巣穴とは違い、辛うじてわたしが潜り込める。
「この力があれば、いつ、どこでおれを待つ愛しい伴侶と出逢っても、直ちに愛の巣が設けられるのだっ」
万全っすね。前回、もう帰らない勢いで探索に出たのだなあ。
木に寄りかかって休んでいると
穴の周辺で警戒姿勢をとっていた相棒が膝に戻ってくる。
「安全を確保した。巣と同様に寛いでいいぞ」
巣穴と同様にまじないを施したらしい。
「それ、これから毎日移動しながら、続けるの?」
「そうしないと喰われるじゃないか」
「しんどくない?」
「伴侶を求めにゆくっていうのはそういうもんらしいからな」
覚悟の上らしい。
労うために、膝に乗せて新しい櫛で毛を鋤く。
背を櫛削ろうとしてるのに、すぐ頭を櫛にぶつけるようにずらしてくる。
右の頬を鋤いている最中に顎先も、と顔を動かす。しかも、んぷ、ぷぐぅ。などと喧しい。
「もう。頭じっとしてて」
「…もっと。もっとクシ」
めろめろか。
ノミを取るつもりで買った櫛だがムシもフンも見当たらない。
「そんなもんいたら、巣穴中大惨事だろが」
ピンポン感染で全員にもれなくムシが大繁殖。密集してるもんね。
「対策している。外に出るものもいるから」
「じゃあ、無駄なものを買ってしまったね」
「は?必須だろ!ずっと。毎日!!いつでもっ」
はげるぞ。
「痒いの?わたしも汗かいたから気持ち悪い。お腹にくっついていたから轟天号も蒸し暑かったでしょう?」
「…?毛皮の中の風を通すから平気。でなきゃ、夏にこんな身体で過ごせるわけが」
酷い。
わたしが背嚢でムレムレになっている時、ファン付き空調毛皮だったのか。
毛皮の剥いでやろうかしら。
「教えてやるっ!今っ!」
翌日からリュックのムレと腹のチンチラの熱から解放されることになった。




