まじない
ほんとうに主様は気前が良い。
中学受験の夏期講習代にも満たないささやかな貢ぎ物でわたしが習得したものの価値よ。
相棒のお手本を見ながら練習している。
「ないない」
「ないないっ!」
まだ自分で呪いのできない幼いチンチラの●で特訓中。
まとわりつくちっちゃいフワフワに脳が溶ける。
触点の密度の高い手指ですら、認識が難しいほどの繊細な被毛がみっちり密集したパラダイスな手触り。もう鼻とか口からダラダラとヤバいなんかが垂れそう。
チンチラってだけで大概な可愛さなのに片手にのっちゃう幼獣とか、どうかなっちゃう愛くるしさで呼吸すら難しい。可愛いのでうっかり目に入れたりのど越しを確かめそうでコワイ。
そういう種類の特訓なんだろうか。
「●もちっちゃいので、幼獣っぽくてカワイイ」
「さっきからおまえが気持ち悪くてたまらない」
くりかえす練習。
あわせた両手の中にまるで幼獣を抱くようにして、
「ここに呪いが在る。そう思って念じろ」
いけない脳汁でラリったまま念じる呪いはぬるりとした粘液のような感触で
わたしの身体の中を通って指先から放たれた。
あわせた指先のすきまから、かすかな光がこぼれた。
「あとは現物にあわせて放つようにすれば、ないないされる」
それは●を両手の中に納めて練習しろってことか?
まあ、幼獣さんのだし、できなくはないわね。
おむつ交換がこわくて、いとこと遊べるかよ。
●を握ろうとした手に相棒が乗る。
「直接触れずにできるようになるほうが、これから便利。ちょっとずつ距離を伸ばしながら練習するほうがあとあと使い勝手がいい」
触れるギリギリまで手を寄せて
「ないない」を唱える。
キラキラと消えるまで何度●と向きあい続ける。
幼獣の表情がなんか辛そうに見える。いつまでもある自分の匂いを消したいよね。
うん。ごめん。早く消してあげたい。
しょんぼりとヒゲの張りのない、稚い幼獣のようすに俄然もえあがるヤル気。
なんとしても消してやるからな。
「ないない」
もろとも失せろ。
ゆるい刺激が身体を廻るのを感じる。再び指先からだらりと粘液が垂れるようになにかが出て行き、●は消える。
あぁ。そういう感じか。
逆上がりが初めて出来たとき、自転車に乗れるようになったとき、水に身体が浮いたとき
身体が違う感触を覚えたときに似ている。




