盗賊
長く続いた揺れが収まって、スマホで地震情報を取る。
震源は近い。震度が5強というから小屋が潰れなかったのは本当に幸運だ。
余震もあるだろうから、避難をしたほうが良いだろう。
避難先って何処?
持ち物をまとめながら、考え込む。
実家に帰るか。
いっそ転居するか。
もともと荷物は少ないので
冷蔵品と冷凍庫の食品をクーラーボックスに納めるくらいだ。
台所の床に座りこんできっちりキメてゆく。
床下点検口からやたら風が抜けて尻が冷える。
揺れで建物が歪んだのだろう。
床下収納されたものからも食べ物を選んで持ち出し袋に納める。
軽自動車に積み込もうと表にでると、
頭から段差の下につんのめるように落ちていた。
山の中だからね、駐車場所も段々畑のようになっている。1mくらい落ちているので拾えない。
「道もやばい?」
あとで沢から引いている水道も点検したほうが良いだろう。
スマホから生存しているよ。とSNSであちこちに送信しておく。
けっこうたくさん安否確認が来ていた。
電話はパンクしていて通じない。
集落に降りる道をデカい登山用リュックを担いで歩く。
念のため農作業用スパイクも履いているから、未舗装にも対応だ。
このように心積もりをしていても実際道を土砂が塞いでいると、気持ちがオタつくものだ。
「え?どうやってコレ越える?」
向こうが見えないほどこんもりと上から下まで土と岩と植生が混ぜこぜでぶちまけてあって足場がない。いや、足かけるな。
「こっち以外から行くしかないか」
勝手知ったる山だから未舗装のケモノ道で降りよう。
その獣道から人の声と連なって歩く音がしたのだ。
消防団、対応早い?
まさか。集落の方が優先だ。
咄嗟に窪みに身を潜める。
山に慣れた様子でザクザクと進んでゆく男たち。
話ぶりからウチを狙う火事場ドロボウである。
女の一人暮らしでちょっと小金持っていそう。空き巣でもイイし、強盗でもイイ。それ以外も期待しちゃおうかな。
とか不穏なことを朗らかに語っている。
どうしよう。小屋には盗むほどのものがない。
貴金属なんて僅かだ。ここにある。
現金は街に降りた時にコンビニでおろしてる。山の中では不要だから。
今どきだ、クレカとペイで決済する。
換金性のある持ち物なんてここに来る前に処分した。
土手から落ちて半壊してる軽も値打ちがないだろう。
ドロボウはきっと怒る。
ウンコくらいで済ませてはくれまい。
集落に降りるか、小屋を見にゆくか、散々迷って
悪手を選んだ。
だって心配だった。
窓が破られていた。
崩壊した叔父の友達の小屋の陰で日が暮れてもずっとうずくまっていた。
余震があるので建物に戻るのも恐ろしい。
膝が痺れて痛くなっても、湿った土で尻が冷えても、恐怖と不安で動けなかった。
未明になっても、三人の泥棒は小屋にいる気配はない、でも出た形跡もない。
気温が下がって、指先が冷たくなるし鼻水も止まらない。
翌朝、曇り空でなかなか明るくならなくても、日が高くなればドロボウも動くだろう。
そう思って見張っていたが、物音すらしない。
昼過ぎにそっと割れた窓から覗くと
土足の跡だらけの室内で、掃除を思うとゲンナリした。
一瞥して屋内のほぼ全てが見える小さな小屋に三人が隠れる場所はない。
押入れかロフト?冷蔵庫の中?
床下収納のバスケットがぶちまけられて、点検口の蓋が開いている。
床下に徳川埋蔵金の可能性を求めたか。
ロマンだな。
だが、床にぶちまけた瓶の梅干の方が価値があるぞ。叔母の12年ものだ。
続きは18日木曜日六時です。