本命通路はほかにある
くぐもった男の声が坑道内に響く。
侵入したものがいる。
想像以上に声が伝わってくる。
重いものが転がる音がする。
呻き声もするから転んだのか。
「……んんん!暗っ!なんだよ、これ。やば」
元上司の声だ。
「瑞希ちゃーん!おーい。いるかー。無事かー!」
どうやら案じてくれているらしい。
彼は真っ暗な坑道にそれ以上侵入することなく、その場に留まったままずっとわたしを呼び続けていたが40分ほどして、装備を整えて出直すしかないだろうと小屋へ引き返して行った。
瑞希ちゃんなどと職場の人間に呼ばれるのは不本意だ。
田中ちゃんとかナベちゃんとかまでは許容するが、名前呼びされるような関係ではないと思う。
だが、彼に関してはそれもイヤ。
去年までなら何も頓着しなかったろう。
いまは見られるのもイヤ。こっち見るな。
それでも。
彼が温い水たまりで洗浄されて白い風味付けの粉をまぶされてダンジョンボスの間に送られるのを許容できない。
奥さんと末永く暮らして欲しいし、定年まで勤め上げて欲しいと思っている。
せっかく得た職を失った元凶ではあるけれど、生きながら喰われろとまでは思っていない、ってぬるいなわたし。
装備を調えて出直してくるんだろうか。
心を改めて勤務に戻るのが良いと思うぞ。
リフレッシュ休暇の正しい使い方を考えろ。
おっさんは冒険者ではなく会社員なので適性がない。体力もない。
怪我をしても傷の治りの遅い年頃だ。
戻ってきませんように。と祈りながら呪詛を吐く。
「ねぇ。この侵入者撃退路が急造だと言ったよね?他にも対策通路があるの?」
「むしろそちらを代々充実させてきた」
「分岐も多くて罠のバリエーションも時代ごとに工夫してきたし!」
「落とし穴も深いし!」
「ほどよく侵入者を痛めつけて主様にお届けできるよう調節してある!」
口々に本命通路の良さをドヤッてくるチンチラたち。
立ち上がって胸を張ると、威嚇しているようだ。
チンチラって顔の大きさに比して手がめっちゃ小さい。
本当に桃色の手だけがちっちゃい。
かわいい。
いや、まて。
犬も猫も顔に比べたら小さいわ
むしろ人くらいのバランスの手が犬についてたらホラーじみて恐怖で泣く。
チンチラの手は小さいままが可愛い。
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