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窓の外のプロポーズ

 真昼間に、独りきりの薄暗い部屋で、ベッドにうずくまるのはこれで何度目だろうか。

 

 シーツで拭いても拭いてもいくらでも溢れ出る涙。


 このお城が与える圧力によって締め付けられる胸。



 私は戦いに負けた。


 半年間の準備も虚しく、王太子に婚約破棄を言い渡されてしまった。


 もうゲームオーバーである。




 私が少しだけ冷静さを取り戻し、現状を分析し始めることができるようになったのは、1時間くらい泣いた後だった。


 過去の後悔が鎮まり、これから先、私はどうなるのだろうか、という未来のことがようやく考えられるようになった。



 私の中の整理としては、婚約破棄即ち死だった。


 婚約破棄された後のことなど、今まで少しも考えたことがなかった。


 しかし、私は死んでいない。


 今もこうしてマチルダとして、ゲーム世界の中で時間を過ごしているのである。



 私は、ちょうど1年前の、チュートリアル画面におけるげそまろPとのやりとりを思い出す。



「もし、ハッピーエンドにならなくて、ゲームクリアができなかったら、私はどうなるんですか?」


げそまろP

「一生マチルダのまま、一生ゲームの中だね」



 そうだった。

 ゲーム製作者は、クリアできなかったら死ぬなどとは言っていない。

 私が早とちりしていただけだ。

 ゲーム製作者は、クリアできなかった場合には、一生マチルダのままで一生ゲームの世界に閉じ込められたまま、と言っていたのである。



 私は大きなため息をつく。


 結局、死同然じゃないか。


 現実世界には帰れないのである。

 そして、ゲームの世界では、このままマチルダとして生きなければならない。唯一の頼りの綱であるアランにも見放され、まさに四面楚歌状態の悪役令嬢として。



 しかも、さらに冷静に考えてみると、「現実」はさらに残酷なものかもしれない。



 私がマチルダに転生した日は、アランがミリーとの出会いを果たす日だった。


 ゲームの最初のシーンと同じである。

 これは、ゲームの始点と、ゲーム世界の始点が同じだったと解釈することができる。

 すなわち、このゲームの世界には、アランとミリーが出会った日以前の世界が存在していないということだ。


 この世界は、()()()()()()()()()()()()()()


 とすると、ゲームの終点が、そのままゲーム世界の終点となるのではないか。


 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 恐ろしい仮説であるが、ここはイカ野郎が作り上げた底浅い世界なのだから、十分にありえる。



 とすると、私のマチルダとしての人生も、ゲームのエンディングとともに終わりを迎えるということになる。


 

 では、「ドキゆらキャンドルナイト」のエンディングは何かといえば、それはミリーの結婚である。

 この世界において現在進行しているのはアランシナリオである。

 ヒロインであるミリーは攻略対象のうち、アランを選択し、その結果として、アランはミリーと結ばれるために私との婚約を破棄したのだ。



 とすると、ミリーとアランの結婚、そして、2人が初夜を迎えることで、この世界は終焉する。



 ミリーとアランは、このお城がある国とは遠く離れた離島において結婚式を挙げる。


 9割のストーリーがお城の中で展開される「ドキゆらキャンドルナイト」において、貴重な1割の遠征イベントのうちの1つが、この離島での結婚式なのである。


 アランシナリオは、結婚式を終えた2人が、離島のホテルで初夜を迎えるところで幕を閉じる。


 要するに、これまでプラトニックを貫いていた王太子が、ヒロインを相手に純潔を捨てるシーンが、このゲームのラストシーンなのだ。



 今頃、私に婚約破棄を告げたアランが、意気揚々とミリーにプロポーズをしているタイミングだろう。お城のバルコニーで、臭い台詞とともに、純金の婚約指輪を渡しているところだろう。


 たしか婚約から結婚式までの間隔は1ヶ月だったと記憶している。


 

 その1ヶ月が、私に残された最後のモラトリアムなのである。




 ベッドから起き上がると、カーテンを開け、薄暗い部屋に光を取り込む。


 部屋の窓からはバルコニーの様子が見える。


 やはりプロポーズの最中で、アランがミリーにひざまずいているところだった。


 再びカーテンを閉じそうになるところをグッと堪える。


 ここで現実逃避をしてしまえば、1ヶ月後、私の人生が幕を閉じることになってしまう。



 座して死を待つわけにはいかない。



 1ヶ月の間に、何らかの策を考えるのだ。マチルダをハッピーエンドに導くための一発逆転の奇策を。



 ひざまづいたアランが、ミリーに純金の指輪を差し出す。ミリーは迷うことなくそれを受け取り、自らの指にはめる。


 そして、2人は抱擁する。



 私はそんな最悪の光景を、小刻みに震えながらも、瞬きせずにじっと見つめていた。


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