証拠写真
「マチルダ、大事な話があるんだ」
私が案内されたソファに座ると同時に、案の定、アランは切り出した。
今、色素の薄い彼の瞳に映っているのは私だが、実際に彼が見ているのは私ではない。
王太子が婚約破棄を突きつける相手は私だが、そうせざるを得ない理由は私にはないのである。
アランは、別に私のことが嫌いになったわけではない。
単に、私以上にミリーのことが好きになっただけだ。
そして、ミリーと結ばれるための「必要な手続」として、私に別れを告げようとしている。
それだけだ。
ゆえに、婚約破棄を阻止するために必要なことは、私を好きになってもらうための努力ではない。
半年前、私はようやくそのことに気付けたのである。
「マチルダ、俺の話を聞いてるかい?」
「もちろんよ。こんなに近くにいるんだから」
「ちゃんと聞いてくれ。大事な話なんだ」
ここから、アランの長話が始まる。
ゲームの山場の1つなので仕方がないが、あまりにも長いので、割愛して、その概略だけ説明する。
前半はマチルダとの出会いから婚約に至るまでの話である。
彼曰く、「本気で一緒になれると信じて疑っていなかった」とのことだ。
私が転生する前の話であり、私が体験した事実ではないのに、なぜか懐かしく、感傷的な想いに浸ってしまうのは不思議である。
たった1年の間に、私はすっかりマチルダになってしまった、ということかもしれない。
一転して後半は、ミリーについての話だった。
バザーで出会った町娘のあまりの美しさに、婚約者がある身にもかかわらず、不覚にも心を奪われてしまった云々。
私の反応を伺いつつ、言葉を選びつつ話しているようだったが、正直、白々しさしか感じなかった。
ゲームとは違い、テロップの早送り機能がないことが残念である。
そして、王太子の話は、ついに結論に至る。
「マチルダ、申し訳ないが、君との婚約は破棄させて欲しい」
アランは、立ち上がると、座ったままの私に対して、深々と頭を下げた。
私は、涼しい顔をして、彼の頭が上がるのをしばらく待っていたが、なかなか上がらない。
彼は、私が何か言葉を発するまでは、ずっとこの姿勢でいるつもりなのだ。
「アラン、あなたの選択は実に愚かだわ」
「……自分がバカな男なことは百も承知だ」
「いいえ。全然分かってないわ。だって、アラン、あなたはミリーの本性が全然分かってないもの」
ようやく頭を上げた王太子は、キョトンとした顔をしていた。
「……へ?」
「あなた、あの女に騙されてるのよ。あの女は純粋なフリをして、中身はビッチなんだから」
アランは腑に落ちていない様子である。証拠を突きつけるしかない。茶封筒に入った写真である。
私は、茶封筒に入った数十枚の写真の中から、3枚を選りすぐり、王太子に提示した。
それはいずれも裸の男女がベッドで抱き合う様子が写った写真である。
1枚目の写真の男はクシャル、2枚目の写真の男はロウ、3枚目の写真の男はカシージョ。
そして、1枚目、2枚目、3枚目ともに女はミリー。
これは、いずれもミリーの浮気の現場を捉えた決定的なスクープ写真なのである。
なお、「ドキゆらキャンドルナイト」の世界は、中世ヨーロッパの設定であるため、カメラは未だ発明されていないはずである。
しかし、ゲーム内には、ストーリーを回顧する「フォトアルバム」という機能があり、その関係で、カメラは存在している。要するに、ゲーム世界にありがちなご都合主義である。
婚約破棄をされないための手段を悩みあぐねていた私は、半年前、ついに気付いたのである。
何も特別なことをする必要はない。
ありのままのミリーの姿をアランに伝えるだけで、事態は変わるのだと。
私自身、乙女ゲームの世界観に慣れ過ぎていて、感覚が麻痺していたのだが、冷静に考えると、1人の女性が、同時に4人の男性を相手にするということはかなりヤバいことである。
ゲームの世界や小説の世界では「ハーレム」として娯楽の一種として扱われているが、現実世界で同じことをやったら、それは4股でしかない。
修羅場直行コースである。
しかも、この「ドキゆらキャンドルナイト」においては、ヒロインであるミリーは、アラン以外の男性とすぐに肉体関係を持つのである。
それは、寵愛を与え、さらにはお城での居住権まで与えてくれているアランに対する裏切り行為にほかならない。
アランが私に婚約破棄を告げる理由は、ミリーのことがとてつもなく好きだからということに尽きる。
ということは、ミリーの株を下げ、アランが彼女に失望さえすれば、私は婚約破棄をされずに済むのである。
そのまま王太子とゴールインし、ハッピーエンドを迎えることができるのである。
ゆえに、私が、このミリーの性の奔放さを利用しない手はなかった。
しかも、私は、湯原真智として、ミリーの立場で、ゲームを全クリしている。
そのため、どのタイミングで、どのような会話やイベントがフラグとなり、ベッドシーンに至るのかについて詳細に把握しているのである。
それだけの情報があれば、盗撮をすることは容易だった。
事前に物陰に潜み、時には窓の外から、時にはもっと至近距離から、ミリーと男性陣との秘密の逢瀬を撮影したのである。
こうして、私は、半年間にわたって、証拠写真を貯えてきたのだ。