封筒の中の切り札
アランからの「王太子の部屋で待っている」という伝言を残し、ミリーが部屋を去った後、私は胸騒ぎを抑えるために、一旦大きく深呼吸をした。
マチルダに転生してからちょうど1年。
ついにこの時が来たのである。
アランがなぜ部屋に呼びつけたのかという理由を、私は知っている。
私に、婚約破棄を告げるためである。
アランは、ミリーと出会って1年の記念日に、私との婚約を破棄し、その流れでそのままミリーにプロポーズをするつもりなのである。
そっくりそのまま、アランシナリオのエンディングの通りの展開である。
婚約破棄が持つ魔力のせいなのか、不思議と目から涙が溢れてくる。
あまり良い思い出はなかったが、アランと過ごした日々が走馬灯のように蘇る。
しかし、悲観することはない。
むしろ、私はこの日が来るのをずっと待ち望んでいたのである。
この半年間、私はこの日のためにずっと準備をしてきたのである。
そして、準備は完全に整っている。
私は、脚にグッと力を入れて、腰掛けていた椅子から立ち上がると、背後にある本棚へと進む。
いかにも悪役令嬢という感じのラインナップである。
シェイクスピアの三大悲劇はまだぬるい方で、黒魔術について書かれた本や悪魔全集、さらには毒薬の作り方の本なんかも並んでいる。
私が手を伸ばしたのは、その中の「悪徳の栄え」というタイトルの本だった。
まさかこの局面において読書を始めたいわけではない。
それどころか、この本が一体どういう内容の本なのかすら私は知らない。
私の目的は、この本のページとページの間に挟んでいた封筒だった。
今日までに万が一誰かに発見されることのないように、いかにも私以外は読まなさそうなタイトルの本の中に隠していたものだ。
この茶封筒の中身こそが、私の半年間の努力の結晶であり、私の唯一の切り札だった。
「アラン、待ってなさい」
私は厚く膨らんだ封筒を握り締めると、満を持して王太子の部屋に向かったのである。